三 狛犬の話───かくも災難なひととき

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「と、いうと······?」 「······僕の家は、代々退魔師の家系なんです。大学生の兄はもう一人前で、僕も高校生になった直後に、兄からこの手帖とコマを引き継ぎ、噂や依頼を聞いてあちこちの悪しき妖怪や霊などを退治してきました」  俯きながらも落ち着いていた少年の語り。それが、ふっと悲しげな色を帯びる。 「僕は、失敗こそすれど、諦めず退治をこなしてきました。コマとの相性も良いし、悪しきものを逃したことはありません。でも······兄は本当に凄くて。僕よりずっと優秀で。兄が退魔師の務めをやり始めたのは、小学生の高学年からなんです。しかもその頃から務めは完璧で······それもあって、もっとしっかりしないととか、もっと務めを果たさないととか、兄と比べられてばかりで······」  後継を大事にするあまりか······と暁生もその意味が分かった。先祖代々続いている家、の役目だ。脈々と受け継がれてきた力を、そこで途切れさせかねない。それ以外にも、多大な苦労や問題があるのだろう。  クゥン、と狛犬が気遣うように主人の膝に手を載せる。 「分かって······いるんです。この務めの大切さ、責任。コマだって、うちの護り神でもあるんだから、僕がコマを護っていかないといけない。でも······がんばろうとすればする程、まるで務めにしか価値はないみたいに······僕の生活、人生が務めのためだけにあるように、塗り替えられていく感じがして嫌になってきて······」 「 ······ 」 「そして······ある日の学校帰りのことです。とうとう僕に、絶望を与える事が起きたんです······!」 「お、おぉう······」 「友達と一緒だったのですが、その日も僕は帰って直ぐ務めを果たさなければならず······僕は······僕だけが······」  少年の魂の叫びが轟いた。 「僕だけが冬月堂(とうつきどう)のどら焼きを食べられなかったんですよ!! 」 「「「 ······ん?」」」  と三人は揃って首を傾げていた。 「その時何かが吹っ切れて、その足で務めに欠かせない手帖を捨てに行ったんですー!」  御門少年はくっ······! と苦しげに眉を歪めて歯噛みしている。狛犬はなぐさめるかのように彼の手に手を添える。  ······いや待て。話の流れが急におかしくなった。  代表して、暁生が訊くことにする。 「ちょっと待て······」  今、トウツキドウって言ったか? 「······色々兄と比べられてじゃなくて冬月堂のどら焼きが食えなくて嫌になったのか?」 「······知ってますか······冬月堂のどら焼き」  低く声が返ってきた。かと思えば、ゆるりと顔を上げる。 「あのふわっふわであんこのため甘さ控えめの生地! つぶあんのあんはそれはそれは濃厚で! 口に入れた時の絶妙なバランスでまじり合う幸福感······! 五分で完売も四時間の行列もざらにあるあの、あの、どら焼き······つまりめちゃくちゃ美味しいんですー!! 」  分かりますか!? と感極まったように突っ伏した。分かりますかと言われても。  眉間に(しわ)を寄せた暁生は弟と妹を振り返った。二人はこちらを見られても困るという雰囲気で、それぞれに首や手を振った。  ちょっと引いている暁生に、透雨が「でもあそこのは、確かに美味しい······」と言った。······同意してもいいところなのだろうか。
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