五 夏のはじめの話───我らが店の常連さん

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五 夏のはじめの話───我らが店の常連さん

 カラリと戸を引いて、入り込んだ風に、透雨(とあ)は目を大きく開いた。  深く息を吸い込み、胸いっぱいを満たすのは初夏の風だ。  それまでより活き活きとして、はっきりと青みを帯びて感じられるようになった爽やかな風。  戸をすべて開け放つと、透雨は箒を手にした。  まだ出入りのない早朝、透雨は店先に姿を現すことがあった。  玄関でもある店の入り口を掃いていく。もう少ししたら暁生(あかつき)達も起きて来るだろう。  ······そうして、作業が終わろうという時だった。  ふと、透雨は手を止めて、顔を上げた。  (そば)に一脚だけ置いてある木のベンチ。その端に、一羽の(すずめ)がとまっていた。  変わっているところはない、よく見る、ふつうの雀だ。だがその雀は、ひたと透雨の方へ視線を据えていた。  じっとこちらを見て動かない。  透雨も見つめた。そのまま、静かな時間が過ぎる。  ──さあっと風が吹いた。 「······そっか。有難う」  そう、透雨は口にした。すると雀は軽やかに飛び立っていった。  まるで会話をしたかのよう······というか透雨は、見送って、店の側に佇む大樹を見てから、遠く向こうの景色へ顔を向けた。  風が、透雨の長い髪を揺らす。  見つめるのは、もっと、別の。 「············あの人、今日来るんだ」
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