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「──あれ。久し振りだね」
統理が小上がりに座ってショルダーバッグを下ろしていると、春依が顔を覗かせた。
統理の方は勝手知ったる自由さである。
「暫く見なかったけど、たしか、中間考査だっけ?」
「そーそー。あと、まあ、色々」
答えている間に、暁生も出て来た。統理の顔を見るなり、「げ」という空気で、明からさまにしかめっ面になる。
だが、統理は気にしない。
店を訪れる度こうなので、慣れたものだ。
「間空けたから此処に来るのちょっと心配だったけど、来れて良かったよ。相変わらず奇妙な入り方してんだな」
「俺達の方からだと、それはよく分からないんだよなぁ」
──しとせ屋のある此処、帳ノ宮という町は、地図上には存在しない。
探しても出てこない。これは統理はやったことがあるので、実感として断言できる。
そしてこの町は本来、「桜場」と言うところである。統理の通う高校はそこにある学校だから桜場高校なのだ(安直だなぁといつも思う)。
以前、春依に訊いたところによると、帳ノ宮はむこうの地名らしい。
普段は無闇やたらと人が入り込まないように結界が施されているのだとか。
──隠された町。
しとせ屋は、そこに行きたいと願った者にしか辿り着けない場所だ。
「えー······っと、念の為に確認するけど、何か依頼があって来た······という訳では、ない?」
「あ、うん、ないない。いたって平和」
春依の問いに、あっさりと、そしてはっきりと否定を示す統理。······そこに。
「お、透雨も元気そうだな」
姿を見せた彼女は、一瞬ぴくりと身を竦ませ、春依の後ろに半身を隠しつつも「······こ、こんにちは」と小さな声で返した。
前髪で顔を遮りながらも、透雨が姿を現し、逃げもせず言葉を返すというのは非常に珍しいことなのだったが──統理はよく分かっていなかった。
そして、
「ど······どうぞ」
統理の目の前に差し出される冷茶のグラス。······差し出しつつも、ぎゅっと目を瞑り顔だけ背け、ぐぐぐっとせいいっぱい両腕を伸ばしているのは、人見知りな透雨の距離のとり方だろうと思われる。
「良いの? 有難う」
きょとんと見返した統理は、すんなりとグラスを受け取った。直後に透雨は春依の背に戻っている。そんな彼女の様子に、気分を害すこともなくグラスに口をつける。
慣れている、というか。
確かに、透雨が人見知りであることは知っているのだけども。
もっと別なのだ。
──柘 統理、透雨に会う為にしとせ屋を訪れるという、それはそれは稀有な人間だった。
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