五 夏のはじめの話───我らが店の常連さん

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「おい、春依。今日来るって妖狐からの予約入ってなかったか?」 「とっくに来たよ。暁生はその頃二階にいて気付かなかったんだろ」  春依がテーブルの上にあった紙をひらりと見せる。来客······顧客名簿なのだろうか? 「······来るって分かってるヤツが来たら、後はもう分からんな」 「それでもいつもより来てる方だよ。今年は氏神参(うじがみまい)りがあるから」  のんびりお茶を飲んでいた統理は、顔を上げた。 「······うじがみまいり?」  聞き慣れない言葉に問い返せば、「ああ」と春依がこちらを見る。 「三年に一度ある、あやかしや人外のお参りだよ。帳ノ宮の土地一帯のあやかしや人外が、氏神さまの元へ参るんだ。簡単な言い方になるけど、帳ノ宮(ここ)で一番偉い神様だから。『今までの加護を有難うございます。これからもその恩恵をお与え下さい』という感じで願うんだって」  暁生(ちょうなん)からは警戒されているが、春依はふつうに話してくれる。  統理は首を傾げた。 「神様が、神様のお参りすんの?」  ──あやかしや人外って、位の差はあれど、そもそもそのほとんどが様々な恩恵を与えてくれる神様なのだ、と聞いたことがある。無論、此処で得た知識だ。 「うーん······」  春依はおもむろに、開け放たれた入り口──外を指差した。 「この町の中心地に、広大な桜の森があるんだけどさ。かつて──はるか昔はそこに、大きなお社があったんだよ。数多のあやかしや人外のみならず、勿論(もちろん)人間にも、畏敬(いけい)の念を抱かせていたんだって。──って、そう聞いたことがある」 「ふぅーん······」  それだけ格が違う、ということだろうか。 「まあ当人──当神様?は一番古いだけだって言ってるけどね。頼りにされても大して力はないって」 「へぇ······」  と統理は頷き。 「······なんか、知り合いみたいに言うんだな。氏神さま······のこと」  そう言うと、春依は苦笑を滲ませた。なんだか、とても、意味ありげに。 「で、お参りするあやかしや人外が、その道中、ついでに此処へ寄ってくれるんだ。ある意味俺達も恩恵受けてる、って感じ」 「······ついでってお前······。うち一応常連いるだろ。昔から贔屓(ひいき)にしてくれるのもいるし」  顔をしかめて、暁生が口を挟んだ。聞き捨てならなかった模様。 「でもほら、うちのいちばんの稼ぎ時じゃん。そこが」 「言っとくけどその大半はお前らが無償でやっちまう所為(せい)だからな······」  ほそーい目を向けられた春依は、へらりと笑って(かわ)すだけだ。 「まあまあ、今ちょうど誰も来ないしさ──」  春依が入り口へと歩む。(透雨はいつの間にか暁生の後ろだ)  店の戸が閉められて。 「──この時間にアレ、やっちゃおうか」
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