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6 めぐりあえた結末
夢を見た。
俺は焦りながらすごいスピードで自転車を漕いでいる。見慣れないブレザーとスラックス。高校生って感じだ。腕にはめた時計はデジタルで液晶画面の日付は二月十四日。俺は赤信号に気づいて、つんのめるように止まった。ハンドルをタップする俺の右手首にはマーカー描いた小さなハートがある。
信号待ちの間、無意識に触る。それは昨日、代わるがわるお互いの手首に描いた約束。
バレンタインのチョコをもらうために彼女と待ち合わせている。
信号が青に変わる。俺は自転車のペダルに体重をかける。横断歩道の反対側から彼女がくるのに気づいて俺は自転車を降りた。白と灰色の縞々の真ん中で微笑み合う俺たちに大型トラックが迫ってきた。そんな! 信号無視だ……。
目を覚ますと、高梨が俺をのぞきこんでいた。俺は驚いて「うお!?」と声をあげてしまう。
「気分は悪くない?」
「ここどこ……」
「保健室。翔ちゃん、今日一日気を失ってたんだよ」
と言われて思い出した。
「お前、刺されたんじゃ?」
「大丈夫。私を襲った男は捕まった。生徒会長が助けてくれたの。会長、強かったんだから」
と言われ、ようやく俺は高梨の隣に座る生徒会長に気がついた。会長が肩をすくめる。
「私、合気道やってて。勝てたのはたまたまだけど」
高梨は養護教諭を呼んでくると保健室を出ていく。
寝たままじゃ悪い気がして、起きあがろうとすると、会長が手を貸してくれた。その拍子彼女の手首の包帯が目に入ってきて俺は思わず謝った。
「もしかして、犯人にやられたんですか」
と、恐々聞くと、
「これ?」と会長が包帯を解く。
「怪我じゃないの。君と同じあざを隠していただけ」
と、突き出してきた会長の手首には、俺と同じハート型のあざがあった。
絶句する俺に、生徒会長が小さな包みを押し付ける。
「これ、チョコ。受け取って」
「え」
「遅くなったけど、約束だったから」
そう言われてわかってしまった。
俺と会長は生まれる前、恋人だったと。
躊躇いはあったけど、包みを開いて食べずにはいられなかった。
だって、ようやく約束が叶えられる。あの横断歩道で途切れてしまった俺たちの約束が。チョコレートの甘い香りが腹に収まると、腹の中に澱んでいた焦燥感は嘘みたいに無くなった。
俺がもらったチョコを食べ終わると生徒会長は椅子から立ち上がる。
「私、去年の夏あたりから変なお爺さんが出る夢を見るようになったの。そのお爺さんに、前世の心残りが消えないと、不幸になる。死んでしまうぞって脅されたの。その後夢は見なくなったんだけど……」
代わりにバレンタインデーのことがやけに気になって仕方なくなったと会長は言った。
「何が気になるのかわからなくて、イライラしたわ」
「わかります」
俺はしみじみ頷いた。会長が体験したことは俺と同じだったから。
「生徒会で朝の挨拶運動やってるでしょ」
「あ、はい」
「校門から入ってきた君を見て、急に閃いたの。私が悩まされているイライラは君にチョコをあげたら解消されるって。そして、今日確かに君にチョコを渡した。すっきりした! ありがとう、じゃあね!」
会長はヒラヒラっと俺に手を振ると、保健室を出て行こうとする。
「えっ?」
と声をあげた。
「え?」
と、会長が不思議そうに俺を見る。
「……この流れって、運命の恋人が時空を超えて出会ってまた付き合う、って流れじゃないんですか」
つい聞いてしまったのは、あまりにもこの状況が映画っぽかったからだった。
すると、生徒会長はニコッと笑って言った。
「それは昔の私でしょ。今の私とは別人だもの。それとも、佐藤くんは私のことが好き?」
「えぇっと……」
と、俺が口籠もっているうちに会長は保健室を出て行った。俺は呆然と閉まった扉を眺めた。
なんだろう、振られたわけじゃないのに気落ちしている。すごく変な気分だ。
実はそのとき保健室の扉の向こう側には、鬼の形相の高梨がいたのだが……。
高梨と那須の間で板挟みになった俺が散々な目に遭うのは、まだこれから先のこと。
〈了〉
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