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2 俺 思い出す
爺さんに言われたその不吉な予言のことを俺が思い出したのは小五の冬だった。
「もぉ、この子ったら。チョコのことになると目の色変えるんだから」
母親曰く、俺は昔からちょっと引くくらいにチョコレートが好物だったらしい。保育園に行きたくないってごねた二歳の夏、小学校に行き渋った七歳の春も、母親は俺の口にチョコレートを突っ込んで黙らせた。チョコがあれば俺は常にご機嫌だった。そして、乳歯の何本かを虫歯でダメにしたときに、(これじゃダメだ!)と気づいたらしい。というか歯医者から、「この生活習慣のためにあなたの子が虫歯で歯を失って十代で総入れ歯になってもいいんですか!」って脅された。それで目が覚めた両親は家の中から甘い食べ物を極力追放した。特に、チョコレートを。
当時、俺も幼いなりに虫歯の治療はもうしたくないと想ったからお菓子を欲しくなるシチュエーションはなるべく避けた。保育園のおやつの時間は修行僧になったつもりでチョコ菓子は避けて食べた。
だから口にするお菓子といったらしょっぱい系ばかりになった。チョコがなくても生きていける。俺の生理的欲求の食い気の欄からチョコレートの六文字が消えかかっていた頃、俺は小五になっていた。
きっかけは生徒会長が、「バレンタインデーの日にチョコレートを持ってくるのを許してほしい」と、校長に直訴したことだった。
「勉強で必要なもの以外持ってきちゃいけないの。分かりきった決まりよ」
「好きな子にチョコを渡すことの何が悪いんですか?」
「なら、放課後学校の外で渡せばいいでしょ」
「最近の小学生は放課後も塾やお稽古事で忙しいんです。学校で会えるのにわざわざチョコだけのために待ち合わせる時間なんてありません!」
俺はその議論について全然興味がないフリをしていたけど、本当は興味津々だった。別にチョコを受け取りたい特別好きな誰かがいるわけじゃない。ただ、バレンタインのチョコレートと聞いた途端に腹の奥が落ち着かなくなった。まっさらな紙に針先で開けた穴をしゃにむに通り抜けるようとするような、切実だけど意味不明なもどかしさを感じた。
その瞬間、まだ生まれる前のこと、魂だけの存在だったときに出会った謎爺さん(と仮に呼んでおく)との会話を思い出した。
前世、死ぬとき残した未練を断ち切らないと俺が犯罪者になるって怖い予言のこと。
魂が無限地獄云々はイメージできないから放っておくとしても、犯罪者になる、しかも殺人を犯すかもなんて言われたら気味が悪い。そんな未来は嫌だ。
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