3 チョコレート

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3 チョコレート

 生徒会長の強気の直訴のおかげで、バレンタイン当日のみ、チョコを渡す相手は一人だけ、チョコは手作りであることを条件に(高価にならないようにという配慮らしい)、チョコを持ってくることが許された。  生徒たちの様子は表面上普段どおりだったけど、水面下では二月十四日が近づくにつれわちゃわちゃしている。  雨が降ってグランドに出られない昼休み、廊下側の自分の席で本を読むフリでボンヤリしていると、隣の席の那須が周りを気にしながら、 「明日はとうとうバレンタインデーだね。誰が何個もらえると思う?」 と、ヒソヒソ声で聞いてきた。 「関係ない。貰えるやつなんて大体決まってるじゃん」  俺は本から顔を上げずに答えた。多分俺がクラスで一番チョコが欲しいやつだろうと思いながら。 「ハハッ、そうだね」 と、那須が苦笑いする。 「顔が良いやつ、足が速いやつ、話が面白いやつ、だろ」 「うん。僕らには全部当てはまらないね」 「僕らって俺も、かよ」 「えへへ」  那須が頭をかく。俺はため息をついた。ここのところチョコと聞くだけで居ても立っても居られない気持ちになるのがキツかった。特にバレンタインを前日に控えた今日は朝からイライラしている。雨でなければ、「チョコレートをくれ!」と叫んで校庭を走り回ったかもしれない。 そんな気持ちを逸らすために、普段は読まない本を開いたのに……、那須の会話でまた、チョコに意識が引き戻されてしまった。(あーあ……)と、俺は心の中でため息をつく。これでも昨日、一個十円のチョコを買って食べたのに。 やっぱり誰かからもらったやつでないとダメなのか? バレンタインのチョコ……それが俺の未練で執着なのだろうか? 「にしてもさ、好きな子なんて。付き合うとか付き合わないとか、俺たちの歳には早くない?」 と言うと、那須が顔を顰めた。 「佐藤くん。僕らもう五年生だよ?」 「あ、うん」 「このクラスの中にも、付き合っている子いるからね」  那須の発言が予想外だったので俺は、 「えっ?!」 と、教室内を見回した。仲のいい同士だべっている同級生が、キスとか家族以外の誰かとハグするのを想像しようとしたけどうまくいかない。いや、想像できなくて当たり前だろ! 「那須も誰かいるの? 好きなやつ」 「まあね」 那須に好きな子がいるなんて初耳だった。負けた気がして悔しいから、 「当ててやろうか」 と、さりげなさを装って言うと、那須がビクッと肩を揺らして俺を見る。 「ズバリ、高梨だろ」  当てずっぽうで言うと、那須は首まで真っ赤にして、俺たちよりずっと前の同級生が机につけた傷に視線をモジモジと身をよじる。照れまくる那須に、こっちまでむず痒くなって、俺は手首に貼っていた絆創膏の縁を掻きむしった。 「こういうとき、高梨って言うと大体当たる。あいつ昔からモテるから。大丈夫。那須の気持ちは誰にも言わない」 と俺が言うと、那須がハッと顔を上げた。 「昔から?」 「うん。俺、高梨とは幼馴染。保育園が一緒なのと、母親同士が仲良いのでさ」 「まさか佐藤くん、僕のライバルじゃないよね?」 念を押されて俺は苦笑した。 「ないって。小さい頃から知り過ぎて、今更そんなふうに見れない」 「よかった」 と、那須が胸を撫で下ろす。俺は本を机に伏せ、こっちから対角線上の位置で友達と話している高梨を見やり、 「チョコをくれるように頼もっか?」 と、那須に聞いた。 「それは嫌。チョコが欲しいわけじゃなくて、好きになってもらいたいから」 「へぇ、マジで好きなんだ」 俺なんか、チョコが欲しいだけなのに。自分を苦しめるこだわりが急にペラペラな安っぽいものに思えてきて俺は、 「茶化して、ごめん」 と、頭を下げた。 「でも、やっぱり無理だよね。高梨さんからチョコを貰いたいなんて」 那須の顔があんまり悲しそうだったので俺はつい、 「だったら、那須から高梨にチョコをあげればいいじゃん」 と言った。  放課後、家に帰ると俺はその足で那須とスーパーに行った。製菓コーナーに来て(でもチョコってどう作るんだ?)と突っ立っていると、 「あら、翔ちゃん」 と、誰かが声をかけてきた。俺の名前は佐藤翔太という。翔ちゃんというのは俺が保育園の頃の呼ばれ方だ。この呼び方をするのは母親か保育園からの腐れ縁くらいだ……と、声がした方に顔を向ける。 「げ! 高梨」 案の定、そこにいたのは高梨だった。絶句している俺たちを見て、形の良い眉をつり上げる。 「何が「げ!」よ。幼なじみだから美穂でいいって言ってるのに」 「お前を下の名前で呼ぶと、色々面倒だから」 「やましいことないのに、何を気にするのよ?」 目を逸らせる俺に高梨詰め寄った。 「や、やましいこと?」  那須が裏返った声を上げるから、俺は慌てて高梨から距離をとった。 「勘違いするな。マジで単なる幼なじみだから」  うろんな目つきで見てくる那須に冷や汗をかいていると、高梨が美少女らしくニコッとした。 「那須くんこんにちは。大変だね、佐藤につきあわされて」 「違うって!」 「あら、違わないでしょ?」  つんとそっぽを向く高梨に俺たちは顔を見合わせ、白旗をあげることにしたのだった。
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