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5 隠していたのは
生まれつき俺の腕にあるそれは、ただのぼうっとした輪郭の歪な丸だった。気がついたら濃い赤色になっていた。誰がどう見てもわかる、ハートの形に。
ドキッとした。だって記憶の中の爺さんが言っていた。このあざが、ある形になったらお終いと。
俺がそのあざに絆創膏を貼って隠したのは、男のくせにハートマーク? なんて揶揄われたくなかったから。あと、(お終いなんだ)って怯える自分が嫌だったから。くそっ。痒いのを我慢して張りっぱなしにしてたのに!
家のドアを開け靴を蹴り捨てて二階にある自分の部屋に飛び込む。ベッドにうつ伏せでダイビングして布団の海に沈んだ。
(明日はバレンタインか……)
「ははっ、十一歳で〈お終い〉かよ」
鼻を啜って仰向けになる。
前向きに考えるなら、手首のめちゃファンシーなハート型を見られた恥をゼロにできるってことになる。それってラッキーなのか?
「クソ、ちっとも嬉しくない」
もう一度うつ伏せになり目を瞑ったらそのまま寝てしまった。
翌日目が覚めた俺はクローゼットの鏡に映った腫れぼったい目をした自分と対面した。
「まだ死んでない……」
爺いさんとの会話はただの夢だった? 俺、死なないのかもしれない。
落ち込んでいた自分がアホらしくなる。気持ちは浮き上がっても目の周りの腫れは隠しようもない。階段を降りで、朝ご飯が並ぶ食卓に向かうと、案の定、母さんが俺の顔を見てギョッとする。探るように見つめられて居心地が悪い。
昨日の夜夕食も食べずにシクシクしていたことを悟られた恥ずかしさで、俺はプイッとそっぽを向いた。いつも以上にがっついて食べてしまうのも恥ずかしい。そんな俺の頭を不意に母さんが撫でてきたから、俺はビクッとした。
「わっ、子供扱いするなよ」
「可愛いなと思ってヨシヨシしたの。どれだけモテなくても母さんはあんたのこと大好きだからね」
母さんが、俺をぎゅっと抱きしめる。
(もし死んでたら、この人を泣かせたんだなー)と、今更泣きそうになる。朝っぱらからのこの優しさは、高梨の母さんからなんか聞いたんだよな……。昨日俺が撮った態度を思い出して、今度は登校するのが億劫になる。それでつい抵抗せず抱きしめられたままでいたら、時計を見た母さんが、
「あっ、もうこんな時間!」
と体を離す。そう言われたら、もう行くしかない俺は、
「行ってきます!」
と、ランドセルを背負って家を出た。
学校のフェンス越しに咲く椿の花を見ながら小走りしていくと、校門に高梨が立っている。
(気まずい……)
俺はうつむいて高梨の前を通り過ぎる。
昨日の文句を言ってくるだろ、と身構えたのに何も言ってこない。気になって振り返ると、男がこっちに走ってくる。全然知らないない奴だ。手にナイフを持っている!
男の一番近くにいたのが高梨だった。ハッとなった高梨が肩にかけていたバッグを男にぶつける。男は構わず高梨にぶつかる。
ドスっと嫌な音が聞こえた気がした。
(嘘だろ……爺さんの不吉な予言が当たったのか? 俺が死ななかったから高梨が?)
情けなくその場に尻餅をついた俺の意識は、そこでプツッと切れた。
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