体育館でバドミントン

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体育館でバドミントン

久しぶりに会った友達に、こう聞かれた。 『お前らどうして別れたの?』 お前らとは、俺と暁(あき)のことだ。 なんで別れたの?と聞かれても、答えられない。 何故なのか?という問いの『答え』を持っていないのだ。 「まあ、余計なお世話だよな。でもお前らいい感じだったからさ」 俺たちが出会ったのは、市民体育館だった。 俺は暇を持て余した大学生で、仲間達と遊ぶ場所を探していた。 ところが日本は大不況。遊ぶ金どころか学費を捻出するためのバイトを探すだけでもひと苦労だった。 俺と友人達は日中は大学の授業とバイトに明け暮れて、夜にはへとへとだった。 それでも遊びたいのが若者。 「夜の体育館でバドミントンが出来るらしいぞ」 仲間の1人がどこからかそんな情報を持ってきた。 夜のバドミントン・・・いい響きだ。 俺たちは、いざ真夜中の市民体育館に向かった。 夜の闇の中、砂利の駐車場に車を停める。 枯れ果てた木々、ぐちゃぐちゃにぬかるんだグラウンド。 「気味が悪いな」 コンクリの剥がれたボコボコの通路を辿ると、薄汚れた体育館があった。 暗闇の中でポツンと明るい受付に『中村暁』と名札をぶら下げた男がぼんやり座っていた。 痩せているのに、頬だけはおもちみたいにぷくっとしていて、年齢不詳なやつだった。 「君たちが体育館で遊ぶの?変なことだけはしないでね」 「変な事ってなんですか?」 「今、君が考えてることだよ」 暁はおもちみたいな頬の左端だけを上げて笑った。 バドミントンは思ったより楽しかったが問題があった。その時、俺達は3人しかいなかったのだ。 「一緒にバドミントンやりませんか?」 暁を誘ってみた。 「仕事中だよ」 「いいじゃないですか、一緒にやりましょうよ」 「変なことなら一緒にやってもいいけど。まあバドミントンでもいいか」 暁は『面倒くさいやつ』だった。 何回か体育館に通ううちに、どうやら俺は『面倒くさいやつ』が嫌いじゃないと気がついた。 夜の体育館に1人で向かう。 「また今日も来たの?今晩は卓球?バドミントン?それともなわとび?」 「暇だから遊びに来ただけです」 「暇?いいなあ学生は。今日は1人だけなの?」 「はい」 「本当に暇だったんだね」 暁は立ち上がると、何やら準備を始めた。 懐中電灯を持って、受付カウンターに『少々お待ちください』という札を置いた。 「これから何かするんですか?」 「すごく気持ちがいいことをするんだよ。ついてくる?」 いたずらっ子みたいに笑った。 『すごく気持ちがいいこと』とは、なんてことはない夜間の見回りだった。 体育館の裏口や二階を懐中電灯を照らしながら見て回る。古い建物の周りは暗くて湿っぽい。 「これのどこが気持ちがいいんですか?むしろ気味が悪い」 「怖いの?じゃあ怖さを紛らわすような話をしてくれ」 「俺、名乗ってなかったですよね。三島です。三島ユキです」 「昔の有名人に似た名前だね」 「それ、生まれてから100回言われてますね」 「じゃあ今のが101回目だね」 実は勇気を出して名乗ったから、打ち解けた気がしてホッとした。 「こんなボロい体育館の受付をしてて、楽しいですか?」 「ボロでも市民体育館だぞ。こちとら公務員だぞ」 「公務員って楽しいですか?」 「楽しいかはわからないけど、やりごたえを感じる瞬間はあるよ」 「いつです?」 「給料日」 悔しいけど、羨ましい。 それからもたまに仲間達と夜の体育館に行って遊んだ。 仲間がいない時も体育館に行った。 本当は俺が暇つぶしで来ているわけじゃないことに、暁も気がついたらしかった。 「また来たの?」 「来たよ」 「ラッキーだったね」 「なんで?」 暁はいつものように頬をぷくっとさせて笑った。 「今日は給料日だ」 「俺には関係ないよ」 「あるよ。飯をおごってやる。公務員の力を見せつけてやるよ」 「意味わかんないけど、ありがと」 「オムカレーのカキフライトッピングな」 「俺のメニュー決まってるの?」 いつの間にか俺たちはタメ口になっていた。 たまに俺の仲間達や、暁の友達と一緒に飲みに行くこともあった。 暁の友達には綺麗な女の人もいて、ちょっとした合コンみたいだった。 それはそれで楽しかったけど、段々2人だけで過ごすことが多くなった。 <友人たちの会話> A「あいつらって、どうなのかな」 B「あいつらって?」 C「暁くんと三島くんの事でしょ」 D「2人がなんなの?」 A「付き合ってるのかな?」 C「私も気になってた」 D「マジで?なんか怖いんだけど」 B「意外と似合ってる気もする」 D「俺はそんなに柔軟な目で見守れないな」 C「それよりも問題なことがあるでしょ」 A「何?」 C「グループ内で恋愛すると、別れた時に気まずいじゃない」 その他「なるほど」 知らない間に、友人達も俺たちの関係に気が付いたようだった。 それきり集まりにこない奴もいたけど、大抵のやつはあまり変わらなかった。 順調に進んでいた俺たちも、現実的な問題に直面した。 俺の就職だ。 最初は地元で就職するつもりだった。 今、住んでる実家にこのまま住めば、一人暮らしより家賃や光熱費は安く済む。 暁と『のんびり』したい時は、暁の住んでいるアパートに泊まればいい。そう思っていたし、おそらく暁も同じ考えだった。 「気が変わったんだ」 「何の気が変わったんだ?」 暁は青い布団カバーのかかったベッドに座り込んでテレビを見ていた。 俺もすぐ隣にいた。少し緊張していた。 「東京の学校に行こうと思ってて」 「大学を卒業した後で、また学校に行くの?」 「言われると思った」 暁はイヤそうな顔をした。それからわざとテレビの方に向きなおして俺を見ないようにした。 「文句を言われると思ったなら、その話をしないでくれ」 「そういうわけにもいかないじゃない」 「なんで急にそんなことを言い出したんだよ」 「暁に会う前からずっと考えてたんだ。今の大学は家から近いから入ったけど、やっぱり好きな勉強をしたいし」 「気楽なもんだね」 「なんだよその言い方。公務員がそんなに偉いのかよ」 「血税で飯食ってるんだぞ、偉いに決まってるだろ。だいたい東京まで通うには、ここから2時間はかかるぞ」 「通うんじゃなくて、住もうと思ってる」 暁はこちらを見た、それからまたテレビに視線を移した。 「実はみんなにはもう話してあるんだ。暁にはなかなか相談できなくて」 「相談じゃなくて、もう決めたんだろ?」 その日は夕方から仲間達と駅前のイタリアン居酒屋で飲むことになっていた。 俺と暁が全く話をしていないことに気が付いて、みんなが心配しはじめた。 「どうかしたのか?」 「別になんでもない。たまにはさ、みんなで旅行とかいきたいな」 「いいかもね」 暁が違う話をし始めたから、俺は黙っていた。 「ユキくん、東京で住むところ決まったの?」 「大学の近くのアパートにした。明日、手続きしてくる」 「暁はもう知ってるんだよな?」 おそるおそる友達の1人が聞いてきた。 「うん、話した」 「明日はみんなで東京までついて行こうか?」 「それで飯でも食ってこようぜ」 不意に暁は立ち上がって居酒屋の出口に向かうと、そのまま外へ出て行ってしまった。 「急にどうしたんだ、暁さんと何かあったのか?」 「学校のことでケンカしたの?」 「別になんでもないよ」 「そう。なら、いいけど」 その後はしばらく飲んで、早めに解散した。 「明日は暁くんも来るよね?私も連絡してみるよ」 「そうだな、それがいいよ。ユキも明日はちゃんと話せよ」 みんなはそう言ってくれたが、俺は自信がなかった。 その日の帰り道、慌しくいろいろな事を済ませた。これからのことを考えて、新しく住む場所を探して、急いで手続きをした。 家に帰るともう深夜だった。 次の日、待ち合わせの場所に暁はいなかった。 「暁さんに連絡した?」 「私がしたけど、返事がなかったの」 俺はみんなにこう言った。 「今日はバタバタしそうだから、みんなとはまた改めて遊ぼう」 「そう?」 「大丈夫か?」 俺はうなずいた。 あれから一年経つけど、暁はそれっきり仲間達の集まりに現れることはなかった。 俺もほとんど飲み会には顔を出せなくなった。 GWも夏休みもほとんど学校とバイトで潰れて、あとはずっとアパートでくたばっていた。 お盆は実家に戻った。ついでに仲間達の集まりに久しぶりに顔を出した。 その時に『お前らどうして別れたの?』と聞かれたのだ。 俺は答えようがなかった。 なぜ別れたのか?その『答え』を持っていないのだから。 そして、いつの間にか師走になった。
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