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「今、丁度いい頃合いですよ」
そう言って、彼は接眼レンズを覗き込んだ。今日は金星がプレアデス星団と接近するのだ。借りた望遠鏡で金星を捉えると、上部が少し欠けた姿がクリアに見えた。
こうして星々が見せる美しい姿は、過去のものだ。金星の場合は二分程度だが、プレアデス星団に至っては四百四十年以上前の姿。今現在、どんな姿をしているかは地球上からはわからないのだ。
わたしがこうして星を観測していることを同僚が誰一人知らないように。
「失礼ですが、〝ミナちゃん〟ですよね?」
不意に名前を呼ばれて思考が止まる。顔が見えない分、その声の解像度が上がって、頭が勝手に記憶の中との照合を始める。
「どこかでお会いしましたか」
実際には何度も天体観測で見かけたことはあるのだが、少なくとも彼のことは何も知らない。
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