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かつて世界には幻想と神秘が溢れていた。
過去形なのは、今や幻想と神秘は科学と機械によって自然と共に蹂躙され朽ち逝くのみとなったからだ。
幻想と神秘を司り担うもの達は別の世界へと旅立って行った。
けれど、なかには世界を渡ることが出来ず取り残されるもの達もいた。
そんななか…
「ねぇ、本当に行かないの…?」
世界を渡る扉を前にして私の最後の親友は心配そうにこちらを見つめる。
「ええ…私にはやりたい事が、やるべき事があるもの」
私が笑顔でそう言えば、彼女は顔をくしゃくしゃにして涙を堪える。
「私、やっぱり貴女を残して行くのは嫌だわ…誰よりも優しい魔法の担い手の貴女を世界に残して行くだなんて…」
そんな彼女の想いの方が優しいと感じながら私はそんな彼女の背を押す言葉を言祝ぐ。
「そんな事言わないで。私は貴女のその想いと言葉だけで充分嬉しくて幸せよ…だから、貴女は世界を渡って。そして自由に生きて…心はいつまでも一緒に居るわ」
彼女は納得しない出来ないと言わんばかりの目で此方を見るが、私の決心が硬いことを知っている。だからこそ
「……そうね、私達同胞の心は常に共に。わかったわ。貴女の最後の想いに応える…さようなら、私の優しい親友。貴女の行く道に星と夜の加護があらんことを」
彼女はそう言って強ばらせた顔を手で解して最後にとても美しい笑みを見せてくれた。
「ありがとう、私の美しく慈愛に満ちた親友。貴女の行く道に星と夜の加護があらんことを」
私も彼女の無事と安全、そして安心して行けるようにと今出来る最大の笑顔を浮かべた。
上手く笑えてるか不安だったが、彼女は少しだけ泣きそうな顔に戻ったがすぐに笑顔に戻り「行ってきます!」と元気に言うと扉の向こうへ消えていった。
彼女が消えると扉も消えて丘の上には静寂が戻る。まるで別れの手向けのように夜風が優しく頬を撫でた。
残された私はその風を感じながら踵を返してその場を後にした。
最後の親友を見送った。ならば、早速やるべき事を始めよう。
そうして私は近くの木下に置いておいた旅の荷物を魔法のポーチにしまって丘を後にした。
これから私はこの世界に残された幻想と神秘の隣人達に会いに行き、最後の花を贈りに行く。
それが花を生み出す魔女の私が出来る、たった一つの最後の魔法。
世界を一緒に渡ろうと言ってくれた同胞達には申し訳ないが、残されていく同胞達を考えると一緒に渡ることが出来なかった。
この世界で朽ち逝くしかない同胞達にせめて花を贈って最後の時を優しい安らぎに変えたかった。
だから、私は今から残された同胞達に会いに行き花を生み出す。
私はその為の一歩を踏み出す。空を見上げれば明けの明星が輝くのが見える。
「旅人を導く明星よ…どうかこの旅の果てが優しい安らぎへ通じますよう」
そう願いながら私の旅は始まった。
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