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彼女は言った。
崇めるのも祟るのも、さして変わりはしないのだと。
「ほら、字面だってよく似てるでしょ?」
噴水に手を浸した後、彼女はその濡れた人差し指で、『崇』と『祟』の字をコンクリートの縁に書く。
ひと気のない夜の公園を吹き抜ける凍てつく風が、噴水の水面に波紋を広げていく。
「だから……あなたは」
唇を噛んで立ち尽くす私の様子をうかがうように、彼女は上目遣いに首を傾げる。
「簡単なこと。祟られないようにするには、崇める者にすがるしかない。それが人間って生き物なんだから」
「それじゃ、私がこれまでやってきたことは……」
「残念ながら、そういうこと。だから最初に忠告したはずよ、赦しなんて、初めからあるはずがないって」
乾いた笑みを浮かべると、彼女は風に揺れる長い髪を耳に掛ける。
「さて、おしゃべりもこのくらいにしておきましょうか。そろそろ時間のようだから」
「……ま、さか。そんな」
公園の入口の方へと向けられた彼女の視線を追って、私は振り返る。
真っ黒な闇の中に立ち込める腐った臭いとともに、何かびちゃびちゃとした塊を引きずるような音が辺りに次第に聞こえ始めていた。
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