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淀んだ鉛色の雲が覆う空を見上げて、男は言う。
「肩書きのある組織ほど、こういう時には動きが取りにくいからね。国家権力なんて特にそうさ。もちろん俺みたいな人間に警察が仕事を依頼してるなんて、公にはされてない。誰だって責任を押し付けられたくないからね」
「……」
「要するに警察でも手を焼いてるのさ。繭に包まれた原因不明の死体なんて前代未聞だからね。それもこの数ヶ月で何人も」
「繭?」
訪ね返す私に、男は人差し指で頬を掻きながら答える。
「ああ、ちょっと喋りすぎたか。これは機密事項でニュースや新聞にも出てない話だけどね」
一度辺りを見渡してから、男は小声で続ける。
「亡くなった被害者は皆、白い繭の中で死んでた。死因や状況は違うけれど、遺体が繭に包まれてたってのは全員が共通してる」
「じゃあ……奏も」
「ああ。彼女の場合はその……遺体の損壊状況が特に激しかったみたいだが」
「誰かが奏を殺して、その繭の中に入れたってことですか?」
憮然として声を荒げる私に、男は首を横に振る。
「いや、それも分かっていない。自殺なのか他殺なのか、それとも何か別の理由があるのかすら。今分かっているのは、繭に包まれた不審死事件が頻発してるってことだけさ」
「そんな……こと」
信じられなかった。
行方不明になった前の日も、奏に何も変わったところはなかった。いつもと同じように私や夏帆と話をして、今度の週末には一緒に街に買物に行こうと約束していたくらいだ。
そんな奏の身にいったい何が起きたのか、不可解なことばかりだった。
言葉を失う私を見て、男はブランコから降りる。
「人間なんて、何かしら理由をつけて納得したがる生き物だからね。残された者には、その原因を探して亡くなった人を悼むくらいのことしかできない。でもそうでもしなきゃ、救いがなさすぎる」
「……救い」
薄暗くなり始めた公園を見渡しながら、男は言う。
「今日はまだ葬儀が済んだばかりだからね。今度またあらためて話をさせてくれないか」
「でも……私は何も分からなくて」
「もちろん君の知る範囲で構わない。奏さんのことを教えてほしいんだ。何か事件の手がかりになるかもしれない」
「でも……」
押し黙る私を見て、男は頭を掻く。
「申し訳ない、少しばかり焦りすぎたようだ。よく考えてもらってからでいい。もし何かあったら、その名刺の番号にすぐに電話をくれ」
そう言い残すと、男は公園から出ていく。口調は穏やかなものだったが、その言葉の端々にどこか張り詰めた緊張感を含んでいる気がした。
背を丸めて夕暮れの薄闇の中に消えていく男の後ろ姿を見つめる。
さっき男が言った言葉が気になった。
男は言った。『もし何かあったら』と。
その言葉が私に向けて言ったものだとすれば、男はこのおぞましい事件がまだ終わらないと考えているに違いない。
だとすれば、奏のような犠牲者がこれからも出続けるというのだろうか。
「……」
凍てつくような風が、頬を刺すように吹き抜けていく。
心の奥底で何かが蠢き続けるような、嫌な胸騒ぎがした。
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