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真っ暗な水の中を、私はただゆっくりと漂っていた。
私を包み込んでいるのは、鼓膜の奥に静かに聞こえてくる泡の音と、血の匂いだけだった。
指先で体に触れると、まるで紙屑のように皮膚が剥がれ、剥き出しになった血管から血が滲んでいく。
繊維状になった肉の間から、ひとつひとつの細胞が水の中に溶け出していく。
その度に、それまでの思い出が砕けた硝子の欠片のように消え失せていく。
その時、どこからか女の悲鳴が微かに聞こえてくる。
それが誰の声だったのか、どうしても思い出せない。
耳を澄ましていると、今度は誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
顔を上げると、頭上から仄かな明かりが射し込んでいるのが見えた。
ゆっくりと手を伸ばし、少しずつ、その光の方へと向かって進んでいく。
赤く、赤く、遥か遠くまで、
果てしなく続く、
どこか温かい、
水の中を。
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