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翌日、登校した私の目に入ってきたのは、奏の机の上に飾られた花瓶だった。
白いユリの花が挿してある奏の席へと近付いていくと、私に気付いた夏帆が声を掛けてくる。
「みんなで毎日替えるようにしたの。ほら、あの娘って花が好きだったから」
「……」
静まり返った教室の中は、重苦しい空気が立ち込めていた。ホームルームが始まる前だというのに、クラスメイトたちは誰もが自分の席に着いたまま押し黙っていた。
気重な雰囲気を察したのか、夏帆が小さく溜め息をつく。
「仕方ないよ、あんなことがあったばかりだから」
「……うん」
「結衣の方は、大丈夫?」
「うん。もう平気」
微笑んでそう答えてはみたものの、正直に言うと事件が起きて以来、気持ちが晴れることはなかった。
窓際にある自分たちの席へ着きながら、夏帆に昨日出会った仁和という男のことを話してみた。
「大丈夫かしらね。ちょっと胡散臭い気もするけど」
手渡した名刺を眺めながら、夏帆は首を傾げる。
「それにしても堂々と警察の名前を出すなんて、随分と大胆な男ね。詐欺師か何かじゃないの?」
「うん。私もそう思うんだけど……」
口ごもる私に、夏帆は身を乗り出して声を潜める。
「そもそも初対面なのに葬儀の後にいきなり声をかけてくるなんて、どう考えても普通じゃないし。関わらない方が良いわよ」
「うん……」
「でも結衣の名前を知ってたのも不自然よね。まあ制服を着てたんなら、クラスメイトだってことはすぐに分かるだろうけど」
「そういえば……」
奏の葬儀の時、クラスメイトたちを誰も見かけなかった気がする。奏の親友だった目の前に居る夏帆ですら。
「ねえ、夏帆。夏帆って昨日……」
「なに?」
「あ……ううん。何でもない」
慌てて頭を振る。今さらそれを訊いても意味がない。確か夏帆は昨日、何か用事があると前に言っていた気がする。
その時、担任が教室に入ってきたので私たちは話を止めた。
担任は奏の机に置いてある花瓶に一瞬目をやったものの、奏が亡くなったことについては特に触れずにいつものように淡々とホームルームを始める。
担任の話を聞いていても、教室全体の雰囲気がどこかこれまでと違う気がした。それはクラスメイトを失った悲しみというよりも、生徒たちがお互いに様子をうかがっているような余所余所しい気配だった。
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