1 繭

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「橘……さん?」  近付いた夏帆が声を掛けると、彼女は抑揚のない声で言う。 「ああ、確か同じクラスの」 「うん。私は鳴宮(なるみや)夏帆(なつほ)。こっちが羽吹(はぶき)結衣(ゆい)」 「こっち……?」  訝しげに眉をひそめた彼女が、小さく首を傾げる。 「私たち、奏に花を手向けに来たんだけど。あなたはどうして?」  訊ねる夏帆に、彼女はぶっきらぼうに返す。 「別に。面白そうだったから様子を見に来ただけ」 「面白いって……失礼じゃないの? 私たちの友達が死んだっていうのに」  声を荒げる夏帆を見て、彼女は口の端を上げる。 「ああ、ごめんなさい。秋津奏さんと言ったかしら。彼女には気の毒だったわ。本当に亡くなったのかは別にしても」 「どういう意味よ?」  睨みつける夏帆に、彼女は首を横に振る。 「そのうち分かるわ。どうぞ私には構わずに、その花束を供えてあげれば良いわ。繭に包まれたその彼女のために」 「どうしてあなた……そのことを」  驚く私の腕を引いて、夏帆は言う。 「もういいわ、話をするだけ無駄よ。行こう、結衣」 「う……うん」  不穏な空気の立ち込める中、繭の見つかった場所へと向かう。  しゃがみこんで花束を供える私の隣で、夏帆がバッグから線香の束を取り出す。  線香に火を付けていると、近くのブランコに座ってその様子を眺めていた橘千霧が声を掛けてくる。 「魔除けの(こう)ってやつ? 気休めだけど、残された人間にはそのくらいしか救いがないものね」  くぐもった笑い声を上げる彼女に、顔色を変えた夏帆が立ち上がる。 「あのさ、さっきから何なの? あんた本当に……」  詰め寄ろうとする夏帆を、私は慌てて押し止める。 「待って夏帆。私たちは奏の(ともら)いに来たんだから。喧嘩しないで」 「でも……結衣」  憮然とする夏帆の腕を掴んだまま、私は橘千霧の方を向く。 「ごめんなさい、橘さん。でも奏……秋津奏は私たちにとって大切な友達だったの。あなたが何故この場所に来たのかは分からないけど……でも今はそっとしておいてほしいの」 「……」  彼女は様子をうかがうように私と夏帆を交互に見た後、スカートの埃を払いながらブランコから降りる。 「そうか……そういうことね。やっと分かったわ。まさかこんなことになっていたなんてね」  呟くように言うと、彼女は今朝の教室と同じように無機質な眼差しで私を見る。 「羽吹……結衣と言ったわね。まさかあなた、今回の件が人間の仕業だとか思ってるんじゃないでしょうね?」 「人間の……? それってどういう」 「目に見えるものだけが決して真実じゃない。人間の理解できない狭間に奴は巣食ってる。人を(もてあそ)ぶように」 「弄ぶ……」 「そう、願いを叶えるためにはその対価が必要になる。たとえそれが生贄(いけにえ)と呼ばれるものであったとしても」  そう告げると、彼女は私たちが花を手向けた場所へと近付いていく。  彼女がポケットの中から取り出したのは、びっしりと赤い文字が書きこまれた一枚の紙だった。 「それは……」 「護符よ。お守りみたいなもの」  線香の白い煙が立ち上る中、彼女は地面に片膝をついて線香の火にその紙を近付ける。するとその瞬間、赤い文字が書かれた紙が勢いよく燃え上がる。 「あなたも最近、原因不明の不審死が続いているのは知っているでしょう? だとすれば、犠牲者はまだ増え続けるわ」 「犠……牲者」 「そう、生贄が居る限り」  黒く(くすぶ)り続ける紙片を見下ろして立ち上がった彼女に、私は訊ねる。 「橘さん……あなたはいったい?」 「……」  どこか冷ややかな目で私を見た後、彼女は何も言わずに踵を返して立ち去っていく。  乾いた風が吹き抜ける中、辺りには燃え尽きた護符の焼ける匂いだけが漂い続けていた。
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