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「元、恋人」になるまで
誰かに呼ばれた気がして、目を覚ました。
ベッドの上で猫みたいに丸くなったまま、すぐ隣を見る。眠る前までは抱きかかえていたはずのシャツが一枚、ぐしゃりと横たわっていた。
「……」
僅かに迷った手でシャツを掴んで、もう一度眠りに落ちそうな身体を起こした。
窓の外はひたすらに明るくて、目を細めてしまう。
「……なんじ?」
静かな部屋で呟いて、スマホに指を滑らせる。
瞬間、息を呑んだ。
『久しぶりに酔わない?』
心臓が一気に暴れ出す。
「……久しぶり、に」
思わず零れた声は震えていて、ぎゅっとシャツを握りしめた。
胸の中で波打つ感情に舌打ちする。生ぬるい空気を深く吸って、シャツに袖を通し、ボタンをつけていく。
送り主は、元、恋人。
高校一年の時から付き合い、大学在学中は同棲もしていた。
そして五年前、大学を卒業した一週間後、私と元恋人は別れた。
「どうしていつも、急に……」
声も指先も震えていて、ボタンをつける速度がまた舌打ちしてしまうくらい遅い。
別れてから今まで一度も、元恋人に会ったことはない。連絡すら断ち切っていた。
「……見なかったふり、しよ」
元恋人の気まぐれだと思うことにして、シャツの上に大きめのパーカーを羽織った。ファスナーを上まで閉じきって、電源を切るためにスマホを手に取る。
突然、ブーブーと耳障りな音が鳴った。
まるでクイズ番組で間違いを突きつけられた気分で、スマホをベッドに放り投げて、柔らかなベッドから降りた。
「誰だろ、急に」
玄関に向かい、裸足のまま玄関の床に足をついて、小さな穴から外を覗く。
「ねー、いるでしょー」
思わず、後退る。
ヒールを踏んでバランスを崩し、尻餅をついた。直後、捨てようとしていた雑誌の束がなだれ落ちてくる。
手の平も、お尻も、胸も、ズキズキと鈍く痛い。
「すごい音したけど、だーいじょーぶ?」
元恋人が、ドアの向こうにいる。咄嗟に、ファスナーの引手を握りしめた。
「あー、開けるよー」
「え?」
一拍置いて、何故か鍵が差し込まれる音がして、ドアがゆっくり開いた。途端に、ふわりと苦く甘ったるい香りが流れ込んできた。
その香りに焦げついたように、胸の辺りが熱くて苦しい。
「うわぁ、想像以上の乱れ具合」
「みだっ――」
「あぁ、わざと言ってる。手伝ってあげるから許して」
私の返事を待たずに、元恋人は手早く元通りに雑誌を積み上げて、私に手を差し出した。
「だいじょーぶ? 痛くない?」
柔らかな甘い顔立ちとは裏腹に、大きくて骨ばった手。
「一人で立てる」
元恋人から目を逸らし、一人で立ちあがる。横目でチラと見ると、元恋人は肩を竦めて笑っていた。
――相変わらず、綿あめみたいな笑顔。
「……帰って」
「久しぶりに酔わない?」
突然、視界がビニール袋で埋まる。中には数本の缶と、袋からはみ出たワインが一本。
寝起きでカラカラの喉が、ごくりと唾を飲み込んだ。
「飲まないし、酔わない」
「えー、せっかく田舎に帰ってきたのに」
「飲む飲まない以前に、普通、別れた男女が密室で二人きりとかあり得ないから」
「その世間的な普通は、俺達には関係なくない?」
口を尖らせて言った後、元恋人はふいに目を丸くした。小さな変化に、私は思わず眉を寄せる。
「俺達、別れてたの?」
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