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カードを引いて、お酒を飲んで、質問をして、質問に答えて。
単調に繰り返しているうちに、意識も理性もぼんやりと溶けて曖昧になって、無性に、――たまらなくなった。
元恋人は、私が地元で一人暮らしを始めた五年前には、私がここにいることを知っていた。
どうして今更と問えば、会いたかったから、と元恋人は答えた。
今更に、久しぶりになるまで、会いたいとは思ってくれなかったんだろうか。そんな風に思うことも、そう思う自分も、吐き気がするくらい嫌で、消したくなった。
同時に、胸が切なく激しく痛んだ。
「ハートの3。よかった、ぎりぎり勝った」
嬉しそうな声が、微睡む寸前の意識に滑り込んでくる。顔を上げると、元恋人が甘く微笑んだ。頬が薄ら赤く染まっているけれど、元恋人は酔っているようにはとても見えない。
「俺がスキ?」
「……忘れられない」
素直に答える。嘘を吐く余裕すら、アルコールに酔わされて奪われていた。
「忘れたかったの? どうして?」
「……普通に、生きられるようになりたいから」
「……」
元恋人の瞳の奥に、一瞬、動揺が走った。
ほんの一瞬の仕草が珍しくて身を乗り出す。元恋人は口を閉じ、私をまた焦がれるような目で見つめた。その瞳に、アルコールで湿った私の唇が勝手に動いた。
「あなたのそばにいると、何もできなくなりそうで、怖くなった。あなたの甘ったるさに溺れて、あなた無しで生きていけなくなりそうで、怖くなった」
「……」
「何もできなくても、何もしなくても、ずっとそばにいるって言われて、逃げたくなった」
一度吐き出した感情は、言葉は、止むことを知らない雨みたいに零れ続ける。
「心も体も元気なのに、何もできなくてもいいって、何もしなくてもいいって。……そんなの、生きてるって言えない。私は、普通に生きたかった」
元恋人が全部悪いわけじゃない。元恋人は甘ったるくて、私がその優しくて温かいものに包まれていたかった。けれど、何もかもを許されることは、恐ろしくてたまらなかった。
もし、私が殺人を犯したとしても、元恋人は楽しそうに笑って許してくれそうな気さえした。
それは全部、私の想像で憶測。
そんな予感みたいなもので、私は勝手に別れを決めて、元恋人から逃げた。逃げて、勝手に別れたことにした。
気づけば、視界がぼやけていた。握り拳を作って、無理やりに涙を拭うけれど、次々と溢れ出してくる。
「愛してた」
元恋人の手が、頬に触れる。生ぬるい指先で、涙の跡を撫でた。
「今でも、愛してる。命を差し出せるくらいに」
とけてしまいそうなくらい、甘ったるい声が鼓膜を揺らす。
さよならが言えないばかりか、何も言わずに私は元恋人の前から消えた。そんなひどく身勝手な私を、どうしてこんなにも深く愛し続けることが出来るんだろう。
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