憧れの舞台

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 歩行者天国は祭り客で賑わっている。  僕は大学の休みを利用して実家のある地元の祭りを訪れていた。 「久しぶり。元気にしてた?」  そこかしこでそんな会話が交わされる。  毎年催される地方都市の祭りは地元を離れた若者たちにとって同窓会のようなものだ。すれ違う人波に目を配りながら知り合いを見つけては声をかけ、グループになって夜通し騒ぐ。それが恒例になっている。 「久しぶり。元気にしてた?」  行き交う人波に飲まれるうちに僕は一緒に歩いていた友人たちとはぐれてしまった。  県道の一部を通行止めにした歩行者天国は人がごった返していて、どこに友人がいるやらなかなか見つからない。 「久しぶりって、さっきから言ってるの聞こえない? おまえ猿渡だろ。ほら、俺だよ。俺」  僕の前に知らない男が立っている。僕のこの珍しい名前を知っているということは知り合いなのか。しかし男の顔に見覚えはなかった。  きっと誰かと間違えてるんだ。  男を無視して、横をすり抜けようとした。するとすごい力で肩を掴まれた。まるで万力で締め上げられるような、あまりの痛みに僕は振り返る。 「な、なんだよ」 「あれ? もしかして俺のこと忘れてんの?」  なおも男は食い下がる。何度見ても知らない男だ。 「人違いだと思うけど」 「俺だよ。吉田だよ。中学のときに転校した吉田光彦。思い出した?」 吉田光彦。聞いた名前だ。そういや、そんなやついたな。とても貧弱な身体つきをして、でも、お調子者で、僕たちの中で人気者だった。だけどいま目の前に立つ男は堂々としていてそんな雰囲気はない。 「本当に、あの吉田光彦なのか」  僕は疑い深く男の顔を眺めた。 「本人じゃなきゃ、俺はだれ? てか、なんで俺が別人だって思うわけ。その理由が知りたい。じゃあここで問題。だだん。猿渡が俺を別人だと思う理由を三秒以内に説明しろ。三、二、一。はい終了。猿渡の罰ゲーム決定! なんて、うそだよ。ほら、俺のこと、思い出した? あ? まだ思い出せないわけ?」 「いや、なんていうか。おまえ……ずいぶん変わったから」  それ以外に言葉が浮かばない。  僕は吉田を名乗る男をもう一度よく観察してみる。  本当に吉田なのだろうか。  威圧的な態度といい、僕の知っている吉田とは違う気がする。それにずいぶん顔つきが変わっている。ふとそこで思い出す。吉田なら左の頬に傷があった。 「ほら、よく見ろ。この頬、覚えているだろ」  まるでこちらの考えていることがわかったかのように男が左の頬を差し向ける。男の頬を街灯の灯りが照らした。まさしくそこには彼の面影と一致する傷跡があった。
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