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「君は両親に愛されている?」
喫茶店に入ってクリームソーダを二つ頼んだ兄は、前置きもあまり置かずそう私に訊いてきた。私は用意してあった答えを取り出すようにすんなりと答える。
「うん、とっても」
二人とも、充分すぎるほどの愛情を注いでくれている。
兄が神隠しに遭ったのを憶えているのは、私だけだった。
父も母も兄がいなくなった途端、兄の記憶を失った。記憶喪失の類では、たぶんない。周囲の人からも兄は忘れられていたし、写真も一枚残らず無くなっていた。
兄を連れ去った「あのひと」が、兄がここにいたという痕跡を丁寧に消し去ったかのようだった。
けれどそれでもなぜか、私だけは憶えていた。
大事な兄がいたこと、そのひとがとても優しかったこと。
「お兄ちゃんは大切にしてもらってるのね?」
「うん、とっても」
おそろいの答えに笑い合う。
兄の答えは私と違ってきっとほんとうのことだから、私は心の底から嬉しくて涙が出た。
「……泣かないでよ」
龍の鱗はきらきら、きらきら、窓から差し込む夕日に照らされてクリームソーダの緑の影と一緒に揺れる。
「僕のぶんのアイスあげるから」
せっかくクリームソーダを注文したというのに、兄はその重要な部分であるアイスを私のグラスに移してしまった。慰めかたが幼くて、可愛らしい。
兄が鱗をもらえたのは龍になれたから。龍が兄を愛して、ほんとうの子どもと認めたから。
「そのうち角とかも生えてくるの?」
「どうだろう。体が長くなるのが先かもしれない」
自分の体がどう変化していくのか実のところよくわかっていないんだ、なんて言う。
「体の造りが変わることに恐怖は感じないけどね」
あちらの世界に兄はきっとよく馴染んだのだろう。
(あの時迎えに来たのも優しいひとだった)
そんなことを思い出す。
――おいで……。
それなら……おいで……という声。
「僕はだいじょうぶだったよ。ずぅっとだいじょうぶだった。だから泣かないで。もう心配しないで」
誰かにたしかに愛されたひとと言うのは、そうとわかる空気を纏っている。兄はあちらで、ほんとうに大切にされてきたのだろう。
けれどそれは今になったからこそ言えること。小さな子どもが突然異界に連れ去られて、寂しさも恐れも抱かなかったはずはない。
私はたまらず嗚咽をもらした。
「私……っ」
――私も行くはずだったのに。
その呟きは、音になる前に口を手のひらで遮られ、兄の強く優しい笑顔に止められてしまった。
「こちらで幸せになってくれたなら、それで良かったんだよ」
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