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「……お兄ちゃんをひとりで行かせてしまって、ごめんなさい」
「僕が勝手に決めたことだ。謝ることじゃないよ」
兄はアイスのなくなったソーダを飲んだ。
「こういうものをね、一緒に飲みたかったんだ」
私もストローに口をつけ、しゅわしゅわとしたソーダを飲み込んだ。兄のくれたアイスが甘くて、悲しい。
「あのひとのかけた魔法には少しほころびがあったみたいだね。……ずっと不安だったろう」
父からの優しさも母からの思いやりも「違う」と感じ続けた日々。
「二人がくれる愛情を疑わないで。ちゃんと、君への想いだよ。君に向けた愛情だよ。僕の代わりなんかじゃないんだ。どうか信じて」
食べきれないアイスクリームがグラスの中で溶けてゆく。与えられるばかりの大きな優しさを、私は受けとめきれない。
私が両親に愛されるために、兄はひとりで旅立った。そのことに対する罪悪感など持たなくていいのだと、言葉にせずに告げてくる。
兄の手が私の頭上に伸ばされた。
「お兄ちゃん……?」
「ん?」
ずっと笑顔の、私のお兄ちゃん。
ひとりで怖くても、息子にならないかと望まれて異界に行って、そこでもちゃんと大切にされたお兄ちゃん。
龍のほんとうの子どもになれた人。不思議な力もきっと、受け継いだ。
「どうして今日、やってきたの?」
その問いかけに、初めて兄の瞳が揺らいだ。
「……魔法をかけ直しにきたんだ」
かざされた手が私の目を覆う。手のひらのぬくもりが瞼の向こうから伝わってくる。
「もう全部忘れるんだ。今度こそ」
忘れたくないよ……と呟いたけれど、記憶は光に溶けていくように褪せていく。忘れてしまったら、兄は独りぼっちになってしまう。
「かまわないよ」
言葉にしたわけでもない私の心の声に、兄が答える。
「君が幸せなら、構わないよ」
最後にぽたりと、涙の雫が落ちる音を聞いた気がした。
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