龍の養い子

5/6
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
    * 「……お兄ちゃんをひとりで行かせてしまって、ごめんなさい」 「僕が勝手に決めたことだ。謝ることじゃないよ」  兄はアイスのなくなったソーダを飲んだ。 「こういうものをね、一緒に飲みたかったんだ」  私もストローに口をつけ、しゅわしゅわとしたソーダを飲み込んだ。兄のくれたアイスが甘くて、悲しい。 「あのひとのかけた魔法には少しほころびがあったみたいだね。……ずっと不安だったろう」  父からの優しさも母からの思いやりも「違う」と感じ続けた日々。 「二人がくれる愛情を疑わないで。ちゃんと、君への想いだよ。君に向けた愛情だよ。僕の代わりなんかじゃないんだ。どうか信じて」  食べきれないアイスクリームがグラスの中で溶けてゆく。与えられるばかりの大きな優しさを、私は受けとめきれない。  私が両親に愛されるために、兄はひとりで旅立った。そのことに対する罪悪感など持たなくていいのだと、言葉にせずに告げてくる。  兄の手が私の頭上に伸ばされた。 「お兄ちゃん……?」 「ん?」  ずっと笑顔の、私のお兄ちゃん。  ひとりで怖くても、息子にならないかと望まれて異界に行って、そこでもちゃんと大切にされたお兄ちゃん。  龍のほんとうの子どもになれた人。不思議な力もきっと、受け継いだ。 「どうして今日、やってきたの?」  その問いかけに、初めて兄の瞳が揺らいだ。 「……魔法をかけ直しにきたんだ」  かざされた手が私の目を覆う。手のひらのぬくもりが瞼の向こうから伝わってくる。 「もう全部忘れるんだ。今度こそ」  忘れたくないよ……と呟いたけれど、記憶は光に溶けていくように褪せていく。忘れてしまったら、兄は独りぼっちになってしまう。 「かまわないよ」  言葉にしたわけでもない私の心の声に、兄が答える。 「君が幸せなら、構わないよ」  最後にぽたりと、涙の雫が落ちる音を聞いた気がした。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!