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「パンティフェクス、何か分かったか?」
「君はどうなんだいステラ。“マザー”については、君が誰よりも敏感だろう」
男——パンティフェクスは、建物の影となった場所から馬車の行進を見る友人に向かい肩を竦める。ステラという名の友人は帽子を深く被り直すと、吸っていた煙草の灰を地面に落とした。
「たしかに“マザー”の鼓動は感じる。あの小娘の中に、確かにな」
「なら……——」
「だがそれ以上に、あの堕天神の気配に邪魔されてて詳しいことがわからねぇ」
「……あの蛇の気配がまとわりついているなら、それは彼女が“マザー”である一番の証明なのでは?」
「だがあの野郎が鞍替えしたって可能性も否めねぇ。手前はどう思うんだ、パンティフェクス」
ステラに問われ、パンティフェクスは目を細めた。その時彼女がこちらにも花を舞い踊らせ、パンティフェクスの手の中にガーベラの花が落ちてくる。ステラの手には赤い薔薇が落ちてきていた。ベール越しに此方を見ただろうが、きっと今の彼女はパンティフェクス達のことを何も憶えていないだろう。街の中にはびこる有象無象の一人として認識しているに違いない。
「僕は賭けたいね、彼女に。彼女こそ、僕達の“マザー”だと。彼女が堕とされてから、方舟はいつも伽藍堂だ。最早あの場所は、“楽園”とは呼べない」
「……」
「僕は大聖堂に戻るよ、ステラ。“スカーレッタ神父”として仕事をしなくてはならないし、なにより“マリア=ダントルトン”をこの目でしっかりと見ておかないといけない。君は月白の聖女の動向を引き続き追ってくれ」
「嫉妬の大罪はどうするつもりだ」
「そちらはムンダスに任せればいい。彼はプライドが高いから、そうそうミスは犯さないだろう」
「……たしかに、適任だな」
ステラはそれで納得したらしい、彼は吸い終えた煙草を捨てるとそれを足で踏み潰し火を消した。そして大聖堂から反対へと歩いて行く。ああしてステラが残していった煙草はすぐにストリートチルドレンが拾い、煙草の中の残った煙草葉やシケを集めてまた新しい煙草にする。街を汚すようで煙草を路上に捨てるのは好ましくないが、それが浮浪児の役に立っているのだからパンティフェクスも咎めることは無かった。
パンティフェクスは少し早足で、大聖堂の方に向かう。サングラスを付ければ、弱視の彼でも問題無く街を見ることが出来た。
「♪カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の やさしさに包まれたなら
♪きっと 目にうつる全てのことは メッセージ」
まだ彼女の歌声が耳に届いていた。見えてきた大聖堂に、パンティフェクスは目を細める。彼女の歌声を聞く度に、子守唄として聴いていたマザーの歌声を思い出す。
「もし貴女が僕達のマザーなら……早く“楽園”へ帰りましょう、お母様」
パンティフェクスは呟いた。ペンドラゴンの街は清々しいまでの晴天で、いつまでも賑わっていた。
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挿入歌:やさしさに包まれたなら
作詞:荒井由実
作曲:荒井由実
歌詞参考:https://www.uta-net.com/song/5808/
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