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「ただいま」 俺と綾香は玄関の扉を開き、同時にそう叫ぶ。彼女の両手には、洋服がいっぱい入った紙袋がある。 「今日はありがとう。選んでくれて嬉しかった」 「ああ、うん」 彼女がにこりとほほ笑み、自分の部屋へと消えていく。 俺は自分の部屋へと入り、どしんと椅子に腰かける。疲労感が全身を駆け巡る。 今朝、突然に買い物に誘われた。ショッピングセンターに行き、彼女の洋服を購入した。別に、夫婦であるならば普通のことだ。いや、仮面夫婦だとしてもそれくらいはするだろう。しかし、問題はそこではない。昨日、あっちゃんに、旦那さんにショッピングに誘うようにアドバイスした。そして、今日になって、綾香から誘われた。これはいくらなんでも、偶然とは言い切れない。 俺はパソコンを開く。チュイッターにメッセージが来ていた。その送り主は、あっちゃんだった。心臓が、激しく脈打つ。見たくない。しかし、見ないわけにもいかない。震える手でマウスをクリックする。 『メムリンさん。今朝、夫をショッピングに誘うことができました。一緒に洋服も選んでくれて、本当の夫婦みたいな時間を過ごすことができました』 その内容に、息をのむ。間違いない。あっちゃんは、綾香だ。こんなことがあるのだろうか。妻に内緒で参加していたコミュニティに、妻がいた。そして、家庭相談を受けた。そして、彼女は、仮面夫婦を望んでいない。本当の夫婦のようになりたいと思っているのだ。 めまいがして、その場に崩れ落ちそうになる。仮面夫婦として、理想的で、幸せな人生を歩むはずだった。しかし、その計画がもろくも崩れるかもしれない。 俺は、あっちゃんからのメッセージの続きを読む。 『ただ、夫は、楽しくなさそうでした。表情が険しいのはいつものことなのですが、普段にも増して、しかめっ面でした。おそらく、夫は、普通の夫婦のようなことを望んでいないんです。これ以上は、夫と仲良くなろうと思ってはいけないんですかね』 俺は、何度もそのメッセージを読み直す。心からの相談だ。あっちゃんは、メムリンに対して、信頼しきっているようだ。きっと、メムリンの返信次第で、今後のあっちゃんの行動は大きく変わるだろう。自分の手に、あっちゃんの今後がかかっていることを感じた。 俺は大きく息を吸う。そして、一気に返信の文章を作成する。 『あっちゃん、負けちゃだめだよ! 旦那さんは戸惑っているだけだろうし、きっと、これからもあっちゃんがアタックしていけば、あっちゃんの気持ちも絶対に伝わるよ! 私は応援団長として、あっちゃんの恋を応援しているからね!』 メッセージを送ると、あっちゃんからすぐに返事が来た。 『ありがとうございます。メムリンさんに相談して、本当に良かったです。頑張ります』 俺は背もたれに体重を預ける。まるで重力が10倍になったみたいで、体が床に沈みこんでいきそうだった。 とりあえず、メムリンという仮面は守ることができた。しかし、問題は山積みだ。女性などの問題がわずらわしくて仮面夫婦という関係を作り上げたのに、今や綾香のことで振り回されそうになっている。今後のことを考えると、気が重かった。 ふと、今日の買い物のことを思い返す。そう言えば、結婚前も、結婚後も、こうやって二人で出かけることはなかった。先ほどの彼女の微笑みが、脳裏をよぎる。今まで見たことがなかったその柔らかい表情に、俺の胸がキュッと締め付けられる。
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