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「おい、遅いぞ」
自由行動を終えてホテルに着くと、教員に報告をするのが決まりだ。そして、その報告は全員がそろった状態で行う必要がある。脱走者が居ないことを確認するために、代表者のみでの報告は禁じられている。
みんなは降車するなり可及的速やかに好きな先生のもとへ行っていたらしい。暇そうな先生だっているっていうのに、わざわざイケメンの先生のもとへ行くあたりが、私には汚らわしく見えた。
「すみません」
「タクシーや電車、バスに乗るまえに、ちゃんとトイレに行っておけよ。余裕を持って行動すれば、それくらいできるだろう? 報告より先にトイレに駆け込むほどに我慢するのは、身体にも良くないぞ。気をつけろ」
「……え?」
「いや、返事は『はい』だろ」
「あ……はい」
隣から、クスクスと笑い声が聞こえる。
なるほど、私を置いて先に先生のもとへ行き、足りない奴はトイレに行った、とでも言ったのか。
部屋に戻っても、晩御飯の時間になっても、入浴の時間になっても、レクレーションと集会の時間になっても。私のもとに、お金はやってこなかった。
おこづかいは決まっている。教員のチェックがあるわけではないから、指定金額以上に持ってきている人はいるのだろうが、バカみたいに真面目に指定金額しか持ってこなかった私にとって、タクシー代はなかなかに痛い出費だった。
「タクシー代◯◯円」と言えばいいものを、告げる勇気が出ない私も、なかなかに痛い。
眠り慣れないベッドに身体を放り、頭まで掛布団を被って、自分だけの小さな小さな基地を作ったら、私は私にとって都合のいい考えで頭を埋めた。
きっと、みんなも指定金額しか持ってきていなくて、だけどどうしても買いたいものとかがあって、だから今、支払うことから逃げているのだ。「あとで払うよ~」と言ったのは、あっちのほうだ。私が「私が払っておくね」と言ったのなら、私から請求してもいいかもしれないけれど、まだお金を払ってくれていないというだけで、あの時払う意思は示されているのだから、いつかはきっと、渡されるはず――。
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