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どうにか自分を納得させて、なんとか家に帰るまでの残りのイベントを消化していく。
旅行前から欲しいと思っていたキーホルダーを最後の最後でようやく見つけたけれど、帰りの電車賃を考えると、おこづかいはもうないからと買うのを諦めた。タクシー代が割り勘だったら買えたな、と、消化不良だったらしい想いが心から溢れそうになって、どうにか心に押し戻す。
今、声をかけてみようか。「あの時のタクシー代、まだなんだけど」って、言ってみようか。それで、お金が返ってきたら、そのお金でキーホルダーを買うの。この地域限定のものだから、今じゃないと、買えない。フリマサイトとかでも買えるといえば買えるけれど、なんだか送料以上の色々が価格に乗っているし、そもそも誰かの手を経ることなく、私は私の手で、この場所で買いたいと思ってた。それが、この修行旅行の本当にわずかな楽しみだったんだから。
声を出すために、息を吸う。
『やっばー。お金なくなったんだけど』
『え、帰りの電車、ヘーキ?』
『駅までママに来てもらうから、ヘーキ、ヘーキ』
『せっかくここまで来たんだもんね。親に迎えに来てもらってでもさ、持ってるお金、使い切らないと勿体ないよね』
『ははは!』
欲しかったキーホルダーが、みんなの手元で揺れている。
口から音を立てずに空気がすぅっと逃げていく。
言っても無駄だ。それなら、言わなくてよかった。
旅行から帰り、日常が戻ってからも、お金が返ってくることはなかった。
あの時の、と声をかけられることもないし、私から「あの時のタクシー代なんだけど」なんて声をかけることもない。返して、と言う勇気が出ないまま幾度も夜が来て、しだいに〝いまさら言っても無駄だから〟と諦めが膨らんで、私はあんなことはなかったんだって思いこむことにした。相手だってきっと忘れているんだから、私だって忘れなくちゃ。キーホルダーは、私は見つけられなかったとか、陳列ラックはあったけれどみんなが買ったから在庫がなくなっちゃったとか、そんなふうに思うことにして。
あの、一瞬見て、手に取れたのは、帰りの道中にうたた寝したときの夢だったとでも思うことにして。
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