0人が本棚に入れています
本棚に追加
「いや、いいよ。別に」
「俺ら、タクシー乗るとき順番に払ってるから」
「え?」
「この三人でね、よく飲み歩いてるんだ。それで、時々タクシーに乗るんだけど。そういう時、タクシー代は順番に払う決まりになってて」
「いや、そうしたら私は――」
「ミナミナはあたしに連れてこられただけだし、別にミナミナに『一緒に乗ったんだからタクシー代よこせ』なんて言う気ないし。まあ、そんなわけで気にしない、気にしな~い」
一軒目で飲んだのは、付き合いのお酒だ。別に、酔っぱらうほど飲んでいない。でも、確かに摂取したはずのアルコールが、瞬間、揮発した気がした。
気にしない、と言われても。心がモヤモヤして、仕方ない。
ぶく、と過去が膨らんだ。
苦い記憶に針を刺す。空気を抜く。しぼめ、しぼめ。消えろ、消えろ、と、念じる。
「ねぇ、ミナミナ。……ミナミナ?」
「え? あ、はい!」
「酔った~? それとも、ぼーっとしてた~?」
「え、えっと……」
「あーあ。こりゃあ、また八木の会のメンバーが増えたな」
「ふはは! 歓迎するよ、皆川」
「は、はぁ」
八木の会。
それがなんだかさっぱりわからなかった。困惑していると、戸塚さんが「こうして飲みに誘っては勝手に酔っぱらってウザがらみするのが八木の正体」と笑いながら説明してくれた。別に、ウザがらみされている気はしないのだけれど。この先、更にお酒が進むとそうなる、のだろうか。
「このモードの八木は、愚痴を言うにはうってつけだよ。何か溜まってたら、吐きだしちゃいな」
「え?」
「そうそう。それがいい。ってかさ、このモードの時ってさ、愚痴聞いてくれるだけじゃなくてさ、なんかいいこと言ってくれるよな」
「ああ、わかる! こう、占い師、とは違うんだけど。なんかいいこと言ってくれる!」
「でも、本人は覚えてない」
「そうそう。『そんなこと言ったっけ~?』って」
「だからいいよな。心の中のグチャグチャってしたやつを解いてくれるだけじゃなくてさ、それを忘れてくれてるの」
「あ、あのぅ」
「ん?」
聞いて、いいだろうか。悩む。と、口が動かなくなる。言っても、聞いても、無駄かもしれない。無駄であるとするならば、勇気を出して言葉にすることは、もっと無駄であるように思う。
「皆川さ、普段からそうやって喋るまえに悩む癖あるけど、昔なんかあったの?」
「おーい、加藤。ストレートすぎやしないか?」
「ああ、いや、そのぅ」
「なになに~? 悩みごとあるの? 八木のお姉ちゃんが聞いてあげる。話して、話して~。おいコラ男ども。ちょっと席を外したまえ!」
「追い出されるんかーい。わかったよ。終わるまであっちで飲んでるよー」
「んじゃ、皆川。吐ける分だけ、吐いちゃいなー。俺らあっちにいるから」
最初のコメントを投稿しよう!