8/9
前へ
/9ページ
次へ
 この関係は、学生時代よりも長く続く可能性がある関係だ。気楽にビクビクのタネ――というと可愛く聞こえるけれど、つまるところ愚痴だ――を吐きだせるはずなどない。 「ほらほら。甘やかしてもらえるときに甘えておかないと。甘やかしてもらえなくなるよ~? あれ、あやしてもらえるときに笑っとけ、だったっけ? そうしないと、あやしてもらえなくなるんだったっけ? ん~、わかんない。頭のこの辺の引き出しに入れておいたんだけどなぁ。いつかかっこつけようと思って」  ――心の中のグチャグチャってしたやつを解いてくれるだけじゃなくてさ、それを忘れてくれてるの。  先輩が甘やかしてくれるなら、絡まりを解いて、それを忘れてくれるなら。甘えてみても、いいだろうか。  ぐい、とお酒を飲んだ。自分一人では勇気を出せなかったから、アルコールに背中を押してもらおうと思って。 「昔、修学旅行に行った時に――」  声のトーンはそのままにしようと思っていたけれど、落ちた。そのせいだと私は思うのだけれど、先輩の口角も落ちて、口が縮んで、真面目な話をしている時みたいな顔になった。 「それ、忘れようとしてもさ、無理だったでしょ?」 「え?」 「なんかさ、こう――心の隅にいつもあってさ。あたしも似たようなことあったから、何となくわかるよ。人間っていう括りでは一緒だけれど、心とか魂? そういうのは違うからさ、全部わかるわけではないけど、なんとなくは、うん」  先輩は、お酒をぐい、と飲むと、ふんわりと笑った。 「その時のお金は、もう諦めよう。そのうえで、これからは同じことを繰り返して、同じ苦しみを味わったり、誰かに味わわせたりしないようにすればいいと、あたしは思う。その時はさ、学生だったっていうこととか、なんだろう……派閥? みたいなものがダイレクトに影響したかもしれないけれど、今は違う。学校やその仲間は簡単に変えられないけれど、会社はそこまでしがみつく必要があるものでもないしさ。もしもうまくいかないこととかがあったら、変えようとすれば変えられるわけで。だからさ、気を張らなくていいんだよ。チャレンジして、『やべ、しでかした』ってなって、居心地がめちゃ悪くなったらさ、もういっそ場所変えちゃえばいいわけ。そんなかんじでさ、昔に囚われてぎゅうぎゅうのまま過ごすんじゃなくてさ、殻厚くするんじゃなくてさ、殻破って行こうよ。踏み出してみたら、想像しているよりも穏やかな道だったりするもんだよ。いま進んでいる道のほうが険しかったりしてさ。ふぁ〜。なんか、ねむぅ……」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加