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突然の呼び捨てと、砕けた言葉遣い。
「はい?」
なんだ? コイツ。
身体をめぐる血が、瞬間、沸騰したように暴れ出した。バチバチと血管を叩きながら、全身を駆け巡る。
「あの――」
対面の時は、サインを書くんだったか? ええと、帰り方は? 結局、どうすれば昇れるんだっけ?
もう手元に荷物がある。早くここから逃げ出したい。この人間から、離れたい。この人間は、生身の人間は――危険だ。
「さ、サインとか、そういうやつ、いるんでしたっけ? 急に用事を思い出しましてね、すぐに戻りたいんですけど」
「あ、ああ。サインっていうか……。ここ、ポチッと押してくれる?」
ったく、だから――。
言われたボタン、【承認】を押下する。端末に力を入れた拍子に、ゆらりと揺れた、骨董品のストラップ。
「あ、れ……?」
このストラップを、どこかで見た。いいや、どこかで、なんて話じゃない。もっと身近な……そう、かつてこの手でそれによく触れていた。
「思い出してくれた?」
「え……?」
「久しぶり、神ちゃん。幼稚園の時一緒だった、コウスケだよ。ほら、いただろ? 小学校に入学しますって時にさ、忍者みたいにドロンって消えたヤツ」
ああ、そんなヤツ、いた。けれど、コウスケってもっと陰気っていうか。モジモジしている感じだった。家に籠って全てを完結させられるこの世の中で、アイツが外に出るとは到底思えない。アイツは外で遊ばなかった。ゲームばっかりやってて、だからみんな泥だらけだっていうのに、アイツだけいつもキレイな服で――。
今は、変わったってことだろうか。
アイツの記憶は、ずいぶん昔で止まっている。
「神ちゃんは、『籠ってられっかよ!』なんて言ってると思ってたんだけど。時間って人を変えるんだな」
籠れるようになるまでに、私は満足いくまで身体を動かした。泥だらけになるだけではあきたらず、汗まみれになって、あちこち怪我をしたりもした。過去の自分なら籠っていられないかもしれないが、今の自分には、外への欲はない。
そして、内に籠る暮らしの心地よさは、外へ出ないことの不都合に勝る。
「あの、ちょっと待ってもらっていいですか? そのぅ……えっと? 配達員、なんですよね?」
「そ。配達員してる。チビの頃にゲームで頭使いすぎたみたいでさ、籠って端末カタカタポチポチするのつまんねぇ、って。もう充分カタカタポチポチしたからさ、これからは肉体労働していこう、と」
「は、はぁ」
「それでさ、今度一緒に、飯食いに行かない?」
「はぁ?」
「たまには外に出ろよ。宅配飯じゃなくてさ、出来立てほやほやの美味い飯、食いに行こうぜ」
「いや、別に」
「アバターは人間のペルソナであって、人間じゃないんだよ。人間と飯、食おうぜ」
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