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じゃあ、と別れようとした時、コウスケは私に「どうせ分かってないんだろう?」と小ばかにしながら、上層階への戻り方を教えてくれた。
なんでも、監獄か何かのような鉄格子が見る者を威圧する、いかにも人を運ぶ気のない貨物用エレベーターに乗り込むか、非常用らしい階段をひたすらにのぼっていくかの二通りらしい。
「この建物は、外出することを想定していないんだよ。シューターは『降りるときに使ってください』みたいに言われてるらしいけど、あくまで非常用設備としてついてる。地下配送ルートから流れてきた荷物を上まで運んでくれる台座を下に戻さないといけないから、その時人間がお邪魔させてもらえるようにしたら、降りるの楽だよねって、各階に乗り込み口とレバーをつけたんだよ。ほら、火事が起きたとか、そういう時は籠もり人だって籠もっていられないだろ? そういう時にも使えるからって。階段だけでもいいんだろうけどさ、籠もり人たちは運動不足で降りきれないだろうからね。ルートが故障するほどのトラブルなんて、メンテナンスを怠るか、ミサイルでも飛んでこない限り起こらないし」
嘘だろ?
私はここに来るにあたり、配送ルートに乗ったと言うのか。
心が荒れた。タガが外れた。
「へぇ……。そんなことなら、配達員を居住エリアに入れてくれたらいいのに」
「は?」
「だって、〝籠もり人たちは運動不足〟なんだろ? 滅多にあることじゃないんだしさ、別に良くない? 配達の時くらい」
「ははは。そんな面倒くさがらないでさ、上り下りくらい平気だし~って言えるくらい、運動すりゃあいいじゃないか」
籠もらない人と、籠もる人が分かり合うことは、難しいのかもしれない。
「あっそ。わかった。そんじゃあ、帰るわ。飯の話は、期待しないで。一応考えるよ、一応」
「前向きによろしく。あ、そうそう」
「まだ何かあんの?」
「配達員が居住エリア入れないっていうの、嘘だから。そんなわけで、ほかの入居者……との交流なんてろくにないんだろうけど、誰かに間違った情報流すんじゃないぞ」
「はぁ⁉︎」
「ルートを流れてる荷物のチェックをしてた時にお前の名前見つけてさ。お前は籠もり人じゃねぇだろって思って、引きずり出してやろうと思って、箱汚した! わざと!」
「おい!」
「1以外を選択したらどうしたもんかな~と思ったんだけど、選んでくれてよかったわ。あ、このエリアは俺の担当だから、別に誰かの仕事を取ったとか、自分の仕事を放り投げてきたわけじゃないぜ?」
「いや、お前の職場の事情とかはどうでもいいんだけど――」
「そりゃあ、どこにも行かなくてもどこにでも行けて、何でもできて、生きていけるのっていいけどさ。生身の人間とあれこれやるのも楽しいぜ? あ、そろそろ行かないとお前から追加料金とらないといけなくなりそうだし、行くわ。じゃっ!」
「おい!」
籠もらない人間の逃げ足は速い。コウスケはとっとこと走り、道に出ると、レールカーに飛び乗ってビュン、と走り去った。
自動運転機能が付いたレールカーは、これまでに数回、システム故障に伴う事故を起こしている。しかし、かつて人間が運転していた自動車と比べれば、ほんのわずかな件数だ。便利で安全な移動運搬手段の誕生は、人からやる気と仕事を奪った。あれがあるんだから、任せておけばいいじゃないか。表に出る作業は、機械に任せておけばいい。我々は、建物の中でそれらを管理していればいい。外は機械、内は人。すみ分ければ幸せな世界になる。かつて誰かがそう言って、多くの人が賛同し、人々は部屋に籠った。引きこもりなるものが問題視された時代もあるらしいが、今では引きこもらないで出歩く人間のほうが変なヤツ。
ぼーっと立ち尽くしながら、結局、コウスケは過去も今も、多数とは異なる生き方を選ぶ人間なのだな、と、ふと思った。
皆が泥だらけになるのなら、自分は綺麗でいよう。皆が部屋に籠るなら、自分は外へ出よう、というように。
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