籠もり人

7/7
前へ
/7ページ
次へ
 籠もるための部屋を選ぶのに、何階であるかは気にしなかった。どうせ出ないのだから、地上からの距離なんてどうでも良い。外に興味がないのだから、景色だってどうでも良い。  監獄のような貨物用エレベーターでゴウンゴウンとのぼることに、それほど抵抗はなかった。しかし、コウスケに言われた〝運動不足〟という言葉が、頭の中に残り、カチン、と怒りの薪に火をつけた。のぼってやる。エレベーターなんて使わずに、籠もり人だってのぼりきれると証明してやる。飯に行くかはまだ決めていないし、行かないという選択肢のほうが優勢だが、どうせどこかのタイミングで連絡を取るのだろう。その時に、〝籠っていたって階段くらいのぼれるし〟と言ってやる。  って、あれ? アイツの連絡先、知らないや。  胸を張り、鼻息荒く自慢する空想の未来が揺らぐ。しかし、事実は作っておかなければ、空想を現実に変えることなどできない。意地を張り、階段を一段一段踏みしめ上がる。  足を出せば出すほど、肺が痛くなる。全然自分の部屋があるフロアに辿りつかない。いつだ? いつになったら着くんだ?  こんなことなら、部屋を借りるときに「低層階がいい」といっておけばよかった。  根性でのぼりきり、よたよたと自分の部屋の前まで行くと、着いたという安心感からか脱力し、へたり込んだ。  抱きしめ続けていたスクリーン入りの箱には、手汗がほんのり染みている。  コウスケがわざと汚したというシミよりも、問題になりそうなシミが広がっている。 「はぁ……」  呼吸を整えながら、鍵を探す。汗で滑りそうになるも、触れた塊をギュウと握りしめる。  よっこいしょ、とプルプルと震える足に鞭うちながら立ち上がり、自分だけの城への扉を開いた。  いつもの世界。安心する、生身の人間がいない世界。  届いたスクリーンをセットし終えると、生身の人間の残穢を祓おうと、シャワールームへ急ぎ向かう。  水が、石鹸が。穢れをブクブクと絡めとって、どこか遠くへ向かって、流れていく。 「はぁ……」  不思議な感覚が、全身に走った。  こんな爽快感、いつぶりだろう。  いや、人生で、こんな感覚を覚えたことが、あっただろうか。  残穢を祓おうとシャワーを浴びたはずだというのに、いつの間にか、心は生身の人間へとまっすぐに向かい、生身の人間がいる外の世界を求めていた。  部屋へ戻ると、ピカピカのスクリーンにはコウスケからのメッセージが浮かんでいた。  ――週末、迎えに行くから。レールカーで。  外へと向いた意識。私は微笑みを浮かべ、指を踊らせるようにキーを叩き、言葉を返す。 「OK。楽しみにしてる」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加