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高層マンションの通路。
私は掃除用具を置き、業務に取りかかる。
奥の部屋の扉が開き、仲が良さそうな男女の話し声が通路に響く。
久しぶりに見る、その女の顔に驚いた。
まどかだ。
あの口元のホクロは間違いない。
彼女は高校の時同じグループだった。
もうすぐ40才のはずなのに、大人っぽくてずいぶん綺麗になっている。
まどかは部屋に鍵をかけ、男に行こうと目で合図する。
2人共きちんとした身なりで、よく似合うグレーのコートを羽織っている。
いつから住んでいたんだろう。
ここで2ヶ月ほど働いたが、たまたますれ違っていたのか、会っても気づかなかったのか。
2人はエレベーター側のこちらに向かってどんどん近づいてくる。
緊張してモップを両手で握りしめた。
私は高校の時、まどかが好きで、憎かった。
まどかはいつも私より少し上にいた。少し頭が良くて少し可愛くて、少しモテるタイプだった。彼女と2人でいると楽しいのに、1人でも誰か混ざると私がとても劣った人間に感じられて苦しかった。
何か彼女に勝ちたくて、私はたまたま言い寄られた先輩と付き合って、妊娠して、退学した。
退学するとメールを送った時の、まどかの返信が今でも忘れられない。
「ゆかりが幸せならそれでいい」
私は何も返さず、まどかとはそれきりになった。
私は結局両親に勘当され、先輩にも逃げられ、1人で子供を育てることになった。
あっという間にまどかと男が目の前に来た。
もしかしたら、まどかは自分に気づくかもしれない。
そして、自分の苦労を知って心配してくれるかもしれない。
大丈夫だった?元気にしてた?って、優しい言葉をかけてくれるかもしれない。
私は気づかないふりをして、清掃係として挨拶する。
「こんにちは」
返事はなかった。
まどかはあっさりと通り過ぎる。
心臓に痛みが走る。
私の声が聞こえなかったのかもしれない。
でも、自分が見下されている気がして、恥ずかしくて、悔しくて、猛烈に腹が立った。
また、あの時と一緒だ。
突き放すようなまどかの態度。
私はモップに爪を立てる。
違う。
私が一番許せないのは、
そういう考えしかできない自分自身。
いつもいつも、それが惨めなんだ。
そんなこと、ずっとわかっている。
バケツの水に映る、疲れ切った自分の顔に向かってモップを投げ入れる。
まどかが振り返る。
しばらく1人の清掃員を眺める。
エレベーターが到着した。
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