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血縁の親族もほとんど集まらなかった母の三回忌の法要には、参列者も数えるほどしかいなかった。母の同級生なのだという老齢の女性の去り際に、少しだけ話をする事が出来た。
「エッちゃんは昔からしっかりした子でね。勉強ができて、中学の三年間はずっと級長で……」
エツ子、というのが母の名前だ。エッちゃん、と親しげに呼ばれる子供時代の母が、私にはイメージしにくかった。出産した後もバリバリと仕事を続けていた母の交友範囲はけして狭くはなかったが、そこでの人間関係は、互いを“ちゃん”付けで呼び合うような、気安いものではなかったように思える。生真面目な努力家。仕事にも家事にも一切手を抜かなかった母は、それを他人にも求めてしまう気質の持ち主であった。悪気がなくとも、少し鬱陶しく捉えられてしまうタイプ。それは娘の私が相手でも変わらなかった。
「こっちに帰っていたなら、もっと早く教えてくれたら良かったのにねぇ。病院の待合室で何十年ぶりかに偶然会えたと思ったら、その一ヶ月後には逝ってしまうんだもの。ゆっくりお話をする時間も無かったのよ」
そういって女性は目元にハンカチを押し当てた。
母の死は突然のことだった。しかしそれは、あくまでも周りが受ける印象だ。着々と進行していく病状は、母自身には随分と前から伝えられていたらしい。母はそれを誰にも明かさなかった。唯一の血縁である私にも、旧友であるこの女性にも、病気の事はひとつも言わないまま、たった一人で最期の時を迎えた。
母は、己に関わるほとんどの事柄を自分だけで決めてしまう人だった。頭の回転が早く、それでいて努力を惜しまないものだから、大概のことは何でも問題なくこなせてしまう。それが何よりの問題だった。本音を聞かせてもらえない。辛い時に頼ってもらえない。近くにいる人間が抱くこのやるせ無い感情を、母は結局最後まで理解する事ができなかった。
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