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私が最後に祖父母の家を訪れた年のことだ。
盆を迎える準備で大人たちが慌ただしくしていた最中、私は家を抜け出し、近くの四つ辻で待ち合わせていた友達に会いに行った。友達の背は私に比べて随分と高かったから、遠くから見てもそこに立っているのがすぐに分かった。私が手を振ると、彼女も腕を大きく振って応えてくれた。私は彼女のことが大好きだった。
「じゃあ今日は、うちで遊ぼう」
祖父母が家で慌ただしくしていることを伝えると、彼女は私にそう提案した。彼女とはもう数年の付き合いだったが、自宅にお呼ばれしたのは初めての事だったので、私は嬉しくなって二つ返事で快諾した。彼女に手を引かれて歩き、いくつかの四つ辻を曲がった。そこまで遠くに歩いた感覚はなかったが、いつの間にか周りは知らない風景になっていた。
「だいじょうぶ、帰りもちゃんと案内してあげるけん」
そういって微笑む彼女の声に安心し、私は導かれるままに足を進めた。しばらくすると、薄靄の漂う風景の中に大きな屋敷が見えてきた。随分とお金持ちらしい彼女の家には人の気配はなく、かわりに人形やお手玉、すごろくなどの遊び道具が山ほど置いてあった。私は声を上げて喜び、それらのおもちゃを使って彼女と心行くまで楽しんだ。
「楽しいねぇ、ミッちゃん。また一緒に遊ぼうねぇ」
別れ際、そう言われたことはぼんやりと覚えている。
気が付いた時、私は橙色の夕陽が射す四つ辻に立っていた。彼女と最初に待ち合わせをした場所だった。道に張り付くようにして伸びている自分の影法師を眺めている内に、そろそろ家に帰らなくてはと思い立ち、私は歩き始めた。
祖父母の家の周りは何故か妙に騒がしかった。随分と多くの人が出入りしているし、警察官の姿もちらほらと見える。何かとんでもないことでも起きたのだろうか。おそるおそる敷地内に入っていくと、誰かが悲鳴のような声をあげながらこちらに向かって走ってきた。
母だった。泣いていたのか、目の周りを真っ赤に腫らしていた母は、私を強い力で抱きすくめた。「どこにいっていたの」「心配したのよ」と、母が声を震わせている理由もよくわからないまま、私はその抱擁に身を任せた。
後から知ったことだが、私は三日間の間、行方が分からなくなっていたのだという。
祖父母の家に集まっていた人たちは周囲を捜索してくれていた村の消防団員で、ちょうど日が暮れる前に一度捜索範囲について打ち合わせようとしていた時に、とうの私がひょっこりと帰ってきたらしい。
三日の間、どこにいたのか。
大人たちから何度もそう問われたが、私としてはそんなに長い時間出歩いていたつもりも無かったので、受け答えは嚙み合わないままだった。
友達の家に遊びに行っていた、と包み隠さず答えてみたものの、その詳しい場所を尋ねられるとうまく説明することができない。ではその友達の名前は、と問われると、これもまた正確に答えることができなかった。
結局、私がどこに消えていたのかは分からないままだった。何はともあれ五体満足で帰ってきたのだから良しとしよう、という雰囲気が漂う中、母と祖父母、そして近隣の寺の住職だけは、ずっと厳しい表情を浮かべていた。
私の捜索に関わった大勢の人たちが帰った後も住職だけは家に残り、祖父母たちと何かを相談していた。襖を挟んだ向こう側からは断片的な言葉だけが漏れ聞こえていた。
――神隠し――魅入られた――身代りを――。
その次の日、大急ぎで帰りの支度を済ませた母に連れられて、私は東京に帰った。
それから、私が祖父母の家に行くことはなくなった。
母は、あの日の事をずっと気にしていたのではないだろうか。自分にも娘ができた今、三日間も娘の安否がわからなかったあの時の母の不安は痛いほどにわかる。元凶というわけではないが、娘をこの土地から遠ざけたくなる気にもなるだろう。
けれど、だとするならば、なぜわざわざ母はこの土地に戻ってきたのだろうか。それだけが解せなかった。こちらに親戚や友人が多いわけでもなかったのに、なぜまた、一人で。
その時だった。
考え込んでいた私の耳に、甲高い子供の泣き声が飛び込んできた。
陽菜だった。縁側で一人遊びをしていた陽菜が、火をつけたように泣き始めたのだ。
普通の泣き方ではない。そう察した私は、駆け足で陽菜の側に駆け寄った。
「どうしたの? どこかいたい?」
問いかけてみても陽菜は泣き続けるばかりだ。ふと彼女の足元を見ると、人形が一体そこに落ちていた。母の手製の人形。和装の稚児を模したその人形は、無残な様子で引きちぎられていた。強く引っ張られたのだろうか、肩口から衣装は破れ、関節にあたる部位が変に曲がってしまっている。
外側からに強く引っ張られたようだった。
「……これ、陽菜ちゃんが壊したの?」
聞くと、陽菜は泣きながら首を横に振った。私にもそうは思えなかった。陽菜はおもちゃを乱暴に扱うタイプではない。それに、小さな人形だとはいえ、こんな風に引きちぎる力もないはずだ。人形を引っ張った人物がいるとしたら、それは陽菜ではない。自然にこんな壊れ方をするはずもないだろう。ではいったい、誰が。
私は周りを見渡した。庭木に囲われた空間。当然、私と陽菜の他に人もいない。しんと広がる静寂が逆に不気味で、私は身を震わせた。
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