四つ辻の友人

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 あれから数十年がたった。  娘の陽菜も結婚して子を持つようになり、私自身も母が亡くなった年齢に近づいていた。  子供が私の手を離れた今、考えるのは母の事だ。晩年、母は一人で九州に戻ることを選んだ。何の説明もなしに何故、と当時の私は憤ったものだが、今となればその理由がわかる。説明をしたところで納得してもらえるようなことではないと母は理解していたのだろう。脅威というものは、見えない、感じないものに対してはその恐ろしさを説明することがあまりにも難しい。だから母は最期まで、彼女の事を口にしなかったのだ。  今、私は母の生家にいる。  建物自体は随分と古いが、あと数年暮らす分にはさほど問題もないだろう。  居間にはたくさんのおもちゃや人形を取り揃えている。彼女を迎えるためだ。  彼女は小さい子供と遊ぶのが好きだ。そこに悪意はない。ただ、その強い執着が時として不幸を呼ぶことがある。幼いころの私が無事に帰ってくることができたのは、ただの幸運に過ぎない。人と、そうでない存在とでは、感覚が違いすぎるのだ。  年齢を重ね、ゆっくりと「死」に近づいていく中で、私は彼女の存在を知覚できるようになった。初孫に会いに行った時、彼女の巨大な影が窓の外から嬉しそうにこちらをのぞき込んでいることに気づき、私は心の底から震えた。  彼女の気を、孫から逸らさなくてはならない。  そのためには、彼女により近い場所で、彼女の遊びに付き合う必要があった。  ことり、と人形が動く。  障子に黒い影が落ちる。  戸を挟んだ向こうの縁側を、ゆっくりと彼女が歩いてくる。私はそれを迎える。 「……久しぶり、さぁ私と遊ぼう。時間が許すまで」  巨大な影は、嬉しそうに身を揺らした。
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