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「いいこ、いいこ」
オンボロアパートの四畳半の和室で、ちいさな手が私の頭を撫でる。
「あーちゃん、いいこ」
高校時代、私はいじめられていた。
成績が良い。母親が男にだらしない。家が貧しい。きっと理由は何でもよかった。誰かを犠牲にすることで、クラスは均衡を保っていた。自分が的になることを避けていたんだ。
私じゃない誰かが標的になっていたら、私も同じようにいじめていたのだろう。心の籠っていないいじめは、とても形式的だった。
証拠はない。物理的な攻撃は一切受けなかった。
私はただ、存在しない人間になっていた。
「あーちゃん」
紫苑だけが私の名前を呼んでくれる。あやめと口にすることはできなかったけれど、花の名前を持つ私たちは本当の兄弟のようだった。
自分だけに向けられた笑顔を、心のままに抱き締めた。
自分のことで精いっぱいの母は、私を愛していない訳ではなかったが、気にかけてくれる余裕を持ち合わせていなかった。
紫苑だけが私を慰めてくれた。
わかっている。あの子はとっくに成人していて、幼少期に一年程度一緒に暮らしていただけの私のことなど覚えていないはず。仮にもう一度出会えたとしても、あの頃と同じように私の頭を撫でてくれることなんてありえない。
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