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すれ違う子どもが、犬が、青年が不思議そうに私の顔を見る。
何がおかしいのかと頬に触れると、私は泣いていた。
「なにこれ」
信じられなくて、思わず笑ってしまう。自分から切り出したというのに、私は職を失くしたことが相当ショックだったらしい。
電車を乗り過ごしてしまったようで、気が付くと隣の市に降り立っていた。再開発中の駅前には、目ぼしい飲食店もない。諦めて最寄り駅まで戻った方が良さそうだ。
「大丈夫ですか?」
突然降ってきた声に顔を上げ、私は目を見開いた。
さっきすれ違ったばかりの青年だ。人のことをじろじろと見る不躾な子だと思っていたが、わざわざ戻って来てまで声をかけてくれたらしい。
「何でもありません。コンタクトがずれたみたいで……」
急に恥ずかしくなって、私は俯きがちに答えた。コンタクトレンズは入れたことがないからよくわからない。けれど、こう言っておけば問題ないだろう。
「あ、そうだったんですね。すみません。出しゃばったことを」
「いえ」
一歩下った青年に背を向ける。やさしい人なのだろうが、知らない人間に踏み込まれるのは恐ろしい。
「あの」
「はい?」
呼び止められ、私はしぶしぶ振り向いた。
「あーちゃん……?」
「私……ですか?」
「はい。俺、紫苑です。義理の弟の。覚えてませんか?」
彼は首を傾げ、ぎゅっと眉を顰めた。
「知らな――」
絶望の色に変わる少年の瞳に、私は思わず嘘を吐いた。
「久しぶり」と。
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