得たもの。

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 恐る恐るノックする。はい、と記憶より少し低くなった声が応じた。緊張が一気に高まる。細く開いた扉の隙間から、妹のメリが顔を覗かせた。 「や、やあ。久し振り。ただいま」  軽く手を振る。 「……兄貴?」  メリは目を見開いた。 「うん」  次の瞬間、扉が爆発した。ぶっ飛ばされた俺は木に激突する。しかし、何すんだ、とは言えない。何故なら。 「どのツラ下げて帰って来やがったぁぁぁぁ!!」  メリがブチギレているからだ。久々の再会にも関わらず、妹の怒りは全力で俺に向けられていた。 「ご、ごめん。あんな風に家を出ておいて、今更のこのこ帰って来て」 「自覚があんなら尚更何で帰って来たんだてめぇコラ。ああ? 私程度の爆発魔法一発でぶっ飛ばされるような奴が自分も勇者みたいになって魔王を討伐したいだなんて夢みたいなことほざいて勝手に出て行きやがって。九歳の私が一人で生きるの、どれだけ大変だったかてめぇに想像つくか? おお?」 「で、でも、魔王は討伐したよ」 「本物の勇者がな! おめぇじゃねぇだろ!」  再び爆発魔法が向けられる。咄嗟に剣を抜いてガードした。一応、俺だって戦士の端くれだ。このくらいは出来る。 「ね、吹っ飛ばなくはなったよ」 「素人の魔法を耐えたくらいで何自慢げに言ってんだ!」  確かにその通りだ。だけど見せたい物がある。落ち着いて、と制止して鞄から一冊のアルバムを取り出した。メリに差し出す。一応爆破はしないでくれた。キレていても流石にそこまでしないだけの理性は残っていた。 「何これ」 「魔王討伐隊の集合写真。魔王とモンスターの軍団に対抗するには人間も纏まらなければならない。そう決まって、複数のギルドが手を組み全面戦争を起こしたんだ」 「知ってる。有名な話だから。違うよ、この冊子が何なのかって訊いているの」 「だから、その連合ギルドのアルバムだよ。戦争前から魔王討伐後までを収めた記念のアルバム」 「記録写真集みたいな物か」  少しずつメリが落ち着きを取り戻してきた。仲を見て、と促す。最初のページは勇者のパーティ一行だ。勇者、戦士、魔法使い、賢者の四人組。 「魔王討伐のため、力を合わせた全ての仲間に感謝を。」  勇者のコメントが書かれていた。 「どんな人だったの?」  メリに訊かれて首を振る。 「知らない。話したこと、無いもん」 「え?」 「あっちは勇者。こっちは戦士だよ?」 「でも仲間だったんでしょ」 「俺、下っ端だもん」  妹は手で目元を押さえた。まあまあ、と宥める。 「仲間はいっぱいいたからね。しょうがない」 「それで? あんたは何処に写っているのよ」 「あ、一応俺を気にしてくれるんだ」 「知らない人達の写真を見ても何の感情も湧いてこないから」 いちいち正論を突きつけてくる。最終ページの集合写真、その端っこを指差す。 「これ」 「これ、だけ?」 「うん」 「ちっちゃ! しかも前の列の魔法使いが掲げた杖で顔が半分隠れているじゃない!」 「しょうがないよ」 「他には写ってないの?」 「無い」 「例えば、個人紹介のページとかは」 「上級職の人達はあるけど、俺みたいな一兵卒には無いね」  妹はガックリとアルバムを返してくれた。受け取り大切に鞄へ仕舞う。 「あとね、集合写真を引き伸ばしてお土産にくれたんだ。家の壁に貼ってもいいかな」  土産、とメリはぴくりと反応した。 「そう、お土産は? いや、具体的に言うなら報酬は? 下っ端とは言え曲がりなりにも魔王討伐の一員だったんでしょ。それなりのお金は貰ったのよね?」 「貰ったよ」  よし、とメリがガッツポーズを作った。あんまりはしゃがれると言い出しづらいんだけど。 「さあ、出せ。いくら貰った」 「無いよ」 「え?」 「帰って来るまでの旅で使っちゃった」 「……は? なに、あんたまさか調子こいて豪遊したわけ?」 「違うよ。魔王討伐前はモンスターの排除ミッションなんかで生計を立てられたけど、討伐後はモンスターが出なくなったでしょ。おかげで俺みたいな戦士はお金を稼ぐ手段が無くなったの」 「……」 「ちなみに魔法使いは火や氷を出せるからエネルギー係として人間界の復興と発展のために重宝されるみたい。多分、今の俺と君なら君の方が稼げると思う」 「……じゃあ帰ってくるまでの旅でお金は使っちゃったの」 「そう。スカンピン」 「……あんたが持って帰って来た物は」 「旅に出た時より増えた物と言えば、筋力と、このアルバムくらいかなぁ。アイテムや貴重品も拾ったけど、帰宅の途中でお金が尽きて売らざるを得なかったし」  メリは俯いて震えていたけど、何よ、と呟いた。 「一応訊くけど、兄貴、怪我とかしなかったの」 「したよ。全身、傷だらけ。手の痺れとか、足の痛みとか、後遺症はいっぱいある」 「それなのに、報酬、無いの」 「無いね。流石に全員の帰宅までは面倒を見られなかったみたい。戦争の爪痕も深いしね」  突然、胸ぐらを掴まれた。なんなのよ、と妹はボロボロと涙を零した。 「命を賭けて、傷まで負って、馬鹿で弱いなりにも必死で戦って!」 「ひどいな」 「それで得た物が後遺症と小さく見切れたアルバム一冊ですって!? あんたの人生、なんなのよ! そんな兄貴を見送って、一人必死で生きてきた私の五年間って意味あるの!?」 「あるよ」 「どんな! 私がどれだけ寂しかったか、街の人達に助けられながらいつもどれだけ大きな不安に苛まれていたか。兄貴が死んだら独りきりになる。もう二度とあんたが帰って来なかったら。お墓に埋めるための体すら帰って来なかったら。そんな怖さがいつもあった。ねえ。私の気持ちがわかる? 魔王を討伐するって夢を持って勝手に出て行ったあんたに、私の、孤独と、不安と、兄貴に会いたいって気持ちが、わかる……?」 「……ごめんね」 「その見返りが何も無いどころか傷付いただけなんて、納得出来るわけないじゃない。あんたの命と私の人生を賭けた五年で得た物が無いって、ふざけんじゃないわよ。そんな世界、私が破壊したいくらいだわ」  妹の頭に手を置く。違うよ、と微笑みかけてみせた。 「何が」 「だって、平和を手に入れたじゃないか。魔王も、恐ろしいモンスターもいない。まあ人の中にも怖い存在はいるけど、怪物に怯えながら道を歩くことは無くなった。とても大きな報酬だと俺は思う。メリはどう?」  情緒不安定な妹は、やがて小さく頷いた。 「でしょ。これからは平和の中で生きていこう」 「……まったく。本当に兄貴はお人好しなんだから」 「呑気なだけさ。さあ、そろそろ家に入れてくれるかな」 「わかったよ。あーあ、ちょっと照れ臭いけどさぁ」 「ん?」 「……無事に帰って来てくれて、良かった」 「いきなり爆破魔法でぶっ飛ばしておいてよく言うよ」 「ごめん」 「いいよ」 「ありがとう」  街の人達には思いっきり怒られた。九歳の妹を一人残して十四歳の俺が旅に出たこと。自分の命を賭けたこと。そして皆、メリがどれだけ頑張って働いたのかを教えてくれた。のこのこ帰って来た俺にもちゃんと仕事をくれた。知り合いは皆怒っていたけど、とても優しくてありがたかった。そして、ちゃんとメリが大きくなるまで俺が一緒にいるよう誓わされた。  三年後。メリが十七歳になったその日。一人の青年が俺達の家を訪れた。 「お久し振りです、メロウさん。お元気でしたか」 「元気ですけどどなた様ですか」  全く心当たりが無くて聞き返す。苦笑いを浮かべられた。 「昔、森の中でウルフに襲われたところを貴方に助けられたパプです。覚えていらっしゃいますか」 「あぁ、パプ君か! 何年ぶり? 大きくなったねぇ。さあ、入ってよ。メリ、こちら、パプ君。旅の途中で知り合ったんだ」  はじめまして、と挨拶を交わしメリはお茶を淹れに台所へ向かった。 「しかしパプ君、背が伸びたねぇ。あの頃は俺の方が大きかったのに」 「おかげさまで。魔王討伐後、すぐにお礼を言いに来たかったのですが街の掟で十七歳になるまでは一人で旅に出ることが出来ませんでして。ようやく貴方へ会いに来られました」 「そっか。いやぁ、わざわざありがとう」 「それにしてもモンスターがいなくなったおかげで安心して此処まで来られました。改めて、討伐軍としての働き、見事です。ありがとうございました」 「俺なんて下っ端も下っ端だったけどね」  そう言って手を振ると、いえ、と肩を掴まれた。 「俺にとって、助けてくれたメロウさんこそが勇者です」  丁度お茶を置きに来たメリに、ピースをしてみせる。バカ兄貴、と妹は呆れた笑顔を浮かべた。 「あぁ、これが討伐ギルド連合軍の写真ですか。大きいですねぇ」  額に入れて壁に貼られた写真にパプ君が近寄る。 「メロウさんは何処ですか?」 「メリ、教えてあげてよ」 「自分で教えなさいよ」 「ちょっと今、足が後遺症で痛くてね」  そう誤魔化すと、まったく、と言いながら引き受けてくれた。 「これです」 「ちっちゃ! しかも魔法使いの杖で顔が半分隠れちゃってるじゃないですか」 「そうなんです。兄貴は昔からこういうどんくさいところがあって」 「へぇ。聞かせて貰えます? 勇者の裏話」 「勇者なんて言うと、また調子に乗りますよ」  何だか思ったよりも仲睦まじげに喋っている。もしかしたらもしかするかも、なんて考えが頭を過ぎる。丁度同い年だし、本当にいい感じかも?  ねえ。そんな未来が訪れたとしたら。それは平和に勝るとも劣らない報酬だよね、メリ。
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