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最終章
翌朝目を覚ますと、すでに野洲は朝食を済ませて荷造りをしていた。
「あんまりのんびりしとられへんわ。悪いな。お前は実家に顔出すんやろ?」
「せやなぁ。家までは徒歩で移動するから置いていってくれてええよ」
「だから今更遠慮すんなって。仲町の方やったよな?」
「ああ、うん。ほなよろしく。顔洗ってくるわ」
洗面所へ向かうと、野洲母がちょうど出てくるところだった。おはよぉと言われ、家の中でそう言われることが久しぶり過ぎて面食らってしまう。
「おはようございます。あ、今日は俺も裕也君に合わせて出ますね。ありがとうございました」
「ええんよこれくらい。また帰ってきて。何なら裕也より頻繁に帰ってきてもええんよ?」
そう言って2人で笑った後、野洲母は急に真剣な目つきで俺の顔を見つめ、それから、
「森っち、あの馬鹿を祝いに来てくれてありがとう」
と言った。
そう言われた時に俺は、はたと気が付いた。俺は野洲を、どちらかと言えば呪いに来たのだ。幸せになるのかもしれないあいつのことを。会った瞬間、そんな虚像のような考えは完全に消え去ってしまったが。
背後から人が近付いている音がした。振り返ると、野洲が立っている。
「別になんにも変わってへんやろ、森田」
「せやな。なんも変わってへんわ、野洲」
俺とお前の知らない部分だけがきっと変わっていて、それが何なのかはもうわからなかった。別にわからなくても、よかった。
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