ただの婚約破棄なんてため息しか出ませんわ

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ただの婚約破棄なんてため息しか出ませんわ

 (わたくし)ユディリーア・パヴォーネ・スカラバイオスは金の髪に美しい蒼い瞳を持つ公爵令嬢だ。私は次期王太子妃として、エスプロシオン国の至宝とも呼ばれていた。だが今は通っていた学園の最後になる記念の舞踏会、そこで暇を持て余して公爵令嬢であるのに壁の花となっていた。それもこれも私の婚約者である第一王子が私を放っておいたからだった、第一王子のヴァイン・イスベルグ・エスプロシオン様が本当は婚約者として、私のパートナーとして一緒に来ているべきだった。  そう礼儀を守るのならばヴァイン様はパートナーに婚約者である私を選ぶべきだった、そうして本来ならばこの舞踏会に招待された者の中で彼が地位が最も高かった。そして私の婚約者でもある第一王子だったので、最初のダンスも私とヴァイン様が踊るはずだった。それがヴァイン様ときたら私をパートナーとして選ばず、あまつさえ舞踏会に遅れてまだ来てもいなかった。この舞踏会を主催している後輩の代表者である、キャリエール侯爵令嬢たちはそれで困り果てていた。 「ごきげんよう、キャリエール侯爵令嬢。滞りなく舞踏会をはじめてくださって構いませんわ」 「こきげんよう、ユディリーア公爵令嬢。よろしいのですか、本来ならば貴女様が……」 「本来のパートナーであるヴァイン様、彼が来ていらっしゃらないのだから仕方がないわ」 「かしこまりました、ユディリーア公爵令嬢。それでは舞踏会をはじめさせていただきます」  私がキャリエール侯爵令嬢にいいから、第一王子の次に地位が高い方からダンスを始めるように言った。だから学園の最後の舞踏会もどうにか始まってはいた、ちなみに私はパートナーを用意せずに一人で時間通りに会場を訪れた。一応は婚約者の第一王子を私の屋敷で待っていたのだが、彼は一向にその姿を現す気配が無かった。  だから私はあまり礼儀として良くないが、たった一人で馬車に乗りこの舞踏会に来たのだった。そうして親しい人たちに一通り挨拶をした後は壁の花になっていた、食事などは別室に軽食が用意されていた。ビスケットやサンドウィッチそれにアイスクリーム、加えて飲み物はワインなどが置いてあった。でもパートナーが来ないからと言って、別室にこもって飲食だけしているわけにもいかなかった。 「はぁ~、全く退屈だこと」  ちなみに言っておくが私は婚約者が大嫌いだった、そう第一王子に全く愛情を持っていなかった。私とヴァイン様との婚約は公爵であるお父様と、ヴァイン様の父親である国王陛下がまだ私が幼い頃に決めたことだった。それでも一応は私は彼の婚約者として、いずれ王妃になるための厳しい教育を受けた。そして様々なことを学び研鑽を重ねてきた、でもそれももうきっと終わりかなと私は思っていた。 「ヴァイン殿下は来ないのか」 「パートナーも無しで舞踏会に来るなんて」 「なんという非常識な」 「あれが将来の王と王妃なのか」 「王妃は変わるかもしれないですわ」  私の周囲ではおしゃべり雀が溢れかえっていたが、私としてはそれはもうどうでもいいことだった。と言っていいのか私が学園に行くと、もうそれはよくあることだった、第一王子のヴァイン様は私より他の女性に夢中だった。だからもし彼と結婚をしたとしても、すぐに側室ができるだろうと私はこの間まで思っていた。でもそれももうどうでもいいのだ、もう誰も私を止めることはできはしないのだ。  そう思って私がもう何曲目が流れているのか数えるのも止めた時だった、第一王子である銀の髪に金色の瞳を持つヴァイン様がようやくこの舞踏会に現れた。もちろん彼はちゃんとパートナーを連れていた、婚約者がいるのに別の女をパートナーにしているのは非常識だったが、一応はパートナーである女性を連れていたのだ。それは確か私は名前しか知らないが桃色の髪と瞳を持った、テスタ・ネール・オステオンという男爵令嬢だった。 「ユディリーア、貴様が僕の婚約者でいられるのも今ここでおしまいだ。僕、ヴァイン・イスベルグ・エスプロシオンはここで、お前との婚約を破棄することを告げる!!」  そして遅れてやってきた第一王子ヴァイン様は、彼はいきなり私のことを呼びつけて、そこにいた皆の前でこう言いだした。何があったのかは分からないが、彼は私との婚約を破棄したいみたいだった。私はそう熱心に語るヴァイン様を放っておいた、それに私が彼を止めるのは礼儀としても良くなかった。基本的に地位が高い方が喋っているのなら、それを彼より地位が低い私が遮ってはいけなかった。 「はぁ~、本当に退屈で仕方がないわ」  私は扇で口元を隠してそっと呟いた。ヴァイン様のパートナーであるテスタ男爵令嬢が、ヴァイン様と一緒になって色々と喋りまくることを放っておいた。私が彼女の服を破ったとか、私が彼女を階段から突き落としたとか、私が雇った男性たちから乱暴されるところだった。などと私は名前しか知らないテスタ様から色々と『お話』を聞かされた、そうして返事を求められたので私はこう答えた。 「はぁ~、それはお気の毒に」  私はテスタ男爵令嬢が本当にそんなに困っていたのなら、確かに気の毒だと思ってそのままのことを言っただけだった。でもそれでヴァイン様の怒りに火をつけてしまったようだ、そのままヴァイン様とテスタ男爵令嬢は恋愛劇を始めてしまった。私は暇だったので一応は最後までそれを鑑賞することにした、だが心の中ではへぇー、そうですかと爪に塗る爪紅のことを少し考え始めていた。 「………………」 「何を言っている、お前がしたことだろう。ユディリーア!!」 「ヴァイン様、ユディリーア様が謝ってくだされば、私はそれで構いませんわ」 「………………」 「ああ、なんて優しいんだ。テスタ、僕に真実の愛を教えてくれた君よ」 「ヴァイン様、私は、私は本当に貴方をお慕いしております」 「………………」 「聞いたか皆、僕が選んだテスタ男爵令嬢はこんなにも優しく美しい」 「ああ、ヴァイン様。そんな私なんかヴァイン様に比べたら、ただのみすぼらしい男爵令嬢です」  そうしてしばらく恋愛劇は続いたが、私は真っ赤な爪紅も鮮やかで綺麗だが、薄紅の爪紅も悪くないと思っていた。だからその恋愛劇がそろそろクライマックス、そう大事な場面に差し掛かっているのにようやく気がついた。そうして私は再びこっそりと話を聞く体勢に戻った、外見からは私はただ扇を持って口元を隠した公爵令嬢にしか見えていないはずだった。 「僕、ヴァイン・イスベルグ・エスプロシオンは、このテスタ男爵令嬢と婚約する。そう皆の前で誓おうじゃないか、僕はとうとう真実の愛に目覚めたのだ」  私以外の舞踏会の参加者たちもちょっと身を引いていた、いきなり公爵令嬢である私との婚約を破棄して、ただの男爵令嬢との婚約発表をしたのだ。常識がある貴族だったらそれがおかしな話だと思う、それが当然のことであり常識というものだった。以前からヴァイン様は頭が軽いと思っていたが、私の想像以上にその頭には中身が入っていなかったようだ。 「はぁ~、それではお幸せに」  そうして何故かヴァイン様は私を見ていた、私の言葉を待っていたのでこう答えたのだが、その途端にヴァイン様は私を薄情な女だとか、冷たい女だとか、嫁の貰い手も無い女だとか言いはじめた。私は本当にこんな頭がカラカラと鳴りそうな馬鹿男、彼と別れられて良かったと心から思った。そしてこれが次の王かと思うと私の決心も固まった、もう私は何も迷う必要はなくなったのだ。 「大変だったね、ユディリーア公爵令嬢。それで帝国への話、それに私との婚約、真剣に考えてくれたかい?」 「はぁ~、この状況では帝国へのお話は受けさせて貰います。貴方との婚約は結構、男はもうしばらくは見たくもない気分ですわ」  そう言って私に声をかけたのは、私のいる王国の隣にある帝国の第二王子だった。私と同じ金の髪に蒼い瞳を持っている、ヴァイン様とは比べものにならない美男子だ、先日から私のことを帝国に連れていこうとしてくる男性だった。私が帝国の第二王子と同等の立場で話している、そのことにヴァイン様は驚いていた。何故なら帝国は王国より大きく、下手をするとこの国は帝国に吸収される運命だったからだ。 「ああ、一応は私の名誉のために申し上げます。私には王家の影が学園にいる間中、今もついていました。だからそのテスタ男爵令嬢の言っていることは全て偽りですわね」 「うっ、嘘です。私は確かにユディリーア様にいじめられて……」 「更に申し上げるのならば王家の影がついているということは、ここで起こっていることをもう国王陛下もご存じだということです、もしそれでも嘘をつくようでしたら修道院行きではすみません。まぁ、運が良ければ斬首刑、運が悪ければ火刑でしょうね」 「ええ!? そんな!! 嘘だわ!?」  とそこまで私が話した時、国王陛下のご到着という声が響き渡った。皆は両側に二つの列となって別れてそのご到着を待った、そうしてやや太り気味の国王陛下が走って入ってきた。そうしていきなり私の足元に跪いて土下座をしたのだ、これには舞踏会に参加していた皆が驚いていた、でも私はこれくらいは当然するべきだと思っていた。 「ユディリーア・パヴォーネ・スカラバイオスよ、愚息が失礼なことをした。だがどうか思いとどまってくれ!! 今そなたから我が国が見放されたら、この国は帝国に呑み込まれる!!」 「はぁ~、国王陛下。そのお気持ちはよく分かりますが、これ以上私はヴァイン様の面倒を見るのは嫌ですわ」 「ヴァインが気に入らないのなら、第二王子を王太子にしてそなたに与えよう。だからこの国を出て行かないでくれ!! そなたの良心にこの王国の未来はかかっているのだ!!」 「はぁ~、国王陛下。その熱意は認めます、ですが王家の影からの報告にあったでしょう。私は浮気をするような男という生き物、そんな下卑たものはしばらく見たくありませんの」 「ユディリーア!! 頼む!! どうか、どうか!!」 「はぁ~、もう結構。それでは皆さま、私はこれで失礼致しますわ。どうか未来の王国を貴方たちが救って差し上げてください、私はただの上級魔法の使い手、そんな私には荷が重すぎますわ」  私が上級魔法の使い手だと言った瞬間に舞踏会の場に静寂が訪れた、上級魔法の使い手とは国に二、三人いれば良いくらいの魔法を極めた強者だ。その価値は時に軍隊よりも高かった、なにせ上級魔法を使えば軽く一つの魔法で数百人の人間を皆殺しにできるのだ、その為にどの国でも血眼になって上級魔法の使い手を探していた。  私が上級魔法の使い手になったのは学園に入ってすぐだ、だからこそ私には王家の影という護衛という名の監視役がつけられた。そう上級魔法の使い手はこの国にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ、馬鹿で使いものにならない第一王子よりもずっと国にとって大切なものなのだ。それを私の婚約者であるヴァイン様は知らなかった、まだ私の力が安定していなかったから、国王陛下もそれを伝えていなかったのだ。  でもそれが今回は裏目に出た、まさか自分の息子が私との婚約を破棄する、国王陛下はそんな馬鹿なことをするとは考えていなかったのだ。この国には上級魔法の使い手が一人もいなかった、だから私は失うことのできないこの国の宝物だったのだ。でももう私が使うことができる魔法の力は安定していた、私は魔法の一撃でここにいる全員を殺すことだってできるのだった。そう思いながら私は外に繋がるガラスの扉を開いた、今夜は綺麗な月が出ていて辺りを照らしていた。 「ごきげんよう、皆様。王国の未来に光がありますように、そう私は故郷ですから一応祈っておきますわ」 「それじゃ、行こうか。ユディリーア・パヴォーネ・スカラバイオス、いいや私の大事なユディ」 「先ほど私が申し上げたことをお忘れですか、帝国の第二王子ハウンド・ヴァーズ・フロラシオン様」 「大丈夫だ、私は浮気などしない。それに気長に君を口説く気だ、君の男嫌いも承知の上だ」 「はぁ~、好きになさってください。ですが私はあのくそ浮気野郎のせいで、男はもう大っ嫌いです」 「はははっ、知っているよ。だからこそそんな素直な君が好きなんだ、その私を嫌がる顔もとっても可愛い」  私は帝国に行くことを考え直そうかと思った、でもハウンド殿下は私が本当に嫌がるようなことは、そんなことは一度もしない紳士的な方だった。それにハウンド殿下も上級魔法の使い手で、私の魔法の師匠でもあったのだ。ハウンド殿下は勝手に私のことを調べて、突然に現れ魔法を教えにきたという変わり者だった。ハウンド殿下と魔法の話をしている時は楽しかった、だからいきなり私のことが好きだと言いだした時には驚き呆れた。 「はぁ~、頑張ってくださいね。ハウンド様、『飛翔(フライ)』!!」 「ああ、君からプロポーズされるくらいに、それくらい魅力的な男になれるよう頑張るよ。『飛翔(フライ)』!!」  こうして私は生まれ育った王国を捨て、帝国で生きていくことにした。家族は王国に残るがあんな浮気男と結婚しろ、などという家族はもう私の家族ではなくなっていた。私は帝国で上級魔法の使い手として生きていく、もっと魔法を勉強して私の才能と努力だけで生きていってみせるのだ。そう私は固い決意をして王国を捨て帝国へ向かって空を飛んだ、だがそんな私に優しく笑いかける友人がいた。 「はぁ~、私ってこれからも男嫌いでいられるかしら?」  そう魔法の力でも権力でも私を簡単に手に入れることができるのに、そんなことはせず優しくずっと私を見守ってくれた大切な友人がいたのだ。ハウンド様のことを考えると男もそんなに浮気者ばかりじゃない、そう少しだけ本当に少しだけ思えるような気がしていた。だが今の私はそんな考えを振り切って、私は自分自身の力だけで生きていくのだと、そう思い込んでまだ優しく私を見つめる瞳には応えられなかった。
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