7

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

7

 見知らぬ家に、お婆さんがいた。  お婆さんは終始ぼんやりとした顔で、掃き出し窓のそばの椅子に腰掛け、外を眺めている。そこに幸子だと思われるおばさんがやってきた。白髪が増え、皺が増え、疲れた様子ではあるけれどすぐにわかった。手際よくお婆さんを促し、トイレへ連れて行く。でも幸子がトイレのドアを開けた途端、お婆さんは粗相をしてしまう。ぼんやりした顔で立ち尽くすお婆さん。口を真一文字に結び、黙々と後始末をする幸子――。  私は自分の手を、スクリーンの明かりに照らす。少々見えづらい。右の手の平で、左の手の甲をさする。シワだらけの感触がした。嫌な予感は的中する。  あのお婆さんは、私だ。  どうやら私はボケてしまって、幸子の世話になっているらしい。  目の前のスクリーンが滲んで揺れる。あまりの申し訳なさに、涙が溢れて止まらなかった。幸せになって欲しいと願うあの子に、私の世話をさせてしまうなんて。はらはらと零れる涙をぬぐいながら、幸子の姿を目に焼き付ける。  ごめんなさい幸子。ごめんね――。  とうとうエンドロールが流れ出した。どれくらいの時間、映画を観ていただろう。寝食も忘れて夢中になってしまった。立ち上がろうとするも、足に力が入らない。背もたれに手をついてなんとか立ち上がり、出口へとたどり着く。  ドアの取っ手に手をかけると同時に、後ろから音声が聴こえた。 「ごめんねお母さん。親不孝して、ごめんね……」  振り返ると、文字だけだったエンドロールに、映像が混じっている。  どうやら私は介護施設に移ったらしい。施設のベッドに座って焦点の合わぬ目をする私の傍らで、幸子がわんわん泣いているのだった。  謝るのは私のほうなのに――。  映像が途切れ、スクリーンが真っ白になった。私は溢れ出る涙もそのままに、幸子の元へと足を踏み出す。  階段の手すりを掴み、螺旋階段を一段一段おりて、受付へたどり着く。そこにいたはずのお爺さんの姿はなかった。  早く、早く行かなくちゃ。幸子に謝ろう――。  扉を開け、一歩外へ出て振り向いた。今出てきたはずの映画館にたちまち白いもやがかかり、じきに見えなくなった。同時に私の頭もぼやけていく。  まるで私の頭の中にも、もやがかかったみたいに。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!