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「そうなんです。父はもう近々、施設に入所することになってます。施設は少し遠いところにあるから、もうこちらに来ることは出来なくなるので。だから、最後に父が行きたいと言っていたこちらへ来ることにしたんです。偶然にも父と交流のあった方々とお会いできてよかったわ。父は最近ではもう『ひさしぶり』の言葉も忘れてしまったから、何も言えなくてごめんなさいね」
おじさんと会えるのはこれが最期ということなんだろう…。
「おじさん、またひさしぶりに会えて嬉しかったよ。ありがとう!」
突然のおじさんとの別れという衝撃が胸を支配して、俺はこれを言うだけで精一杯だった。
「お…。ひさし…ぶり」
小さな声で発せられたそのおじさんの挨拶は俺らの胸を締め付けるのに十分だった。
「では、みなさん、父と仲良くしてくれてありがとうございました」
娘さんはそう言って頭を下げると、おじさんの腕を支えながら駅の方へゆっくりと帰っていった。
俺らはその二人の後ろ姿から目が離せないまま、それぞれ思いを叫んだ。
「おじさん! ひさしぶり!」
「また! ひさしぶり!」
「会えて嬉しいよ! ひさしぶり!」
「ひさしぶり!」
背中をみせていたおじさんはそれを聞くと振り向いて、
「おぉ! ひさし…」
と片手をあげて返事をしてくれた。
またいつの日か、施設から帰ることがあったら。おじさんと会える日が来たなら。
俺らは絶対にきっとこの挨拶をする。
「おぉ! ひさしぶり!」
と…。
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