入校のご案内

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 ◇   例の手紙を出してから一週間が経った。  三つの手紙のいずれにも返事はない。どこも大きな組織だからな。気がつかれなかったか、破られたか、はたまた今さら俺になんぞ構っている余裕はないのかは知れない。  それでも手紙を出したという事実は残るので、プロスブ社長に言い訳は立つ。  俺自身もはなっから返事に期待はしていない。俺の人生に劇的なことは起こらないと知っているからな。いや、諦めの境地か?  いつもと同じように朝礼を済ませ、いつもと同じように教習をこなし、家に帰って一人で酒を飲む。  …。  そのはずだったのに。  えらいことが起こってしまったのだ。  ◆  朝礼が終わり、皆が最初の教習の用意をしていた頃。外がやけに騒がしいことに気がついた。何事かと思って外の様子を伺ってみると皆が言葉を失った。  人、人、人、人、人。  人だかりなんて言葉では言い表せないくらいの人だかりができていた。社長に至っては何かの罪を犯した犯罪者のようにガタガタと震えている始末だ。  校舎を構える地区はどちらかというと庶民の生活区域になっている場所だ。いわゆる下町なので道は細く、家と家の隙間も少ないくらいなのだ。そんな場所が人でごったがいしていた。アイドルのコンサートかフェスがあると言われても信じてしまうくらいの人数が集まっているし、馬や翼竜も見受けられた。しかも見た限りそれは普通の町民ではない。  それぞれが簡易的だが武装し、警備を思わせる動きをしていたからだ。そしてその服装と装飾品に刻まれたシンボルから彼らの正体は簡単に割り出せた。  修道院兵団、王宮騎士団、そしてかつて俺がパーティを組んで所属していたギルド『トゥールビヨン』の面々だった。その正体に気がつくと、俺の中に嫌な予感が芽生えた。だって全部、俺と縁も所縁のある団体ばっかりじゃないか!  やがて営業開始の時刻となる。すると外の一団にも動きがあった。  ガチャっと扉が開き、厳かな雰囲気を身に纏った各組織の代表数名が中に入ってくる。その挙動や立ち振舞いから相当な使い手であることは分かった。  するとすぐにプロスブ社長がへこへことした動きで近づいた。 「ええと、騎士団と修道院とギルド・トゥールビヨンの関係者とお見受けしましたが…」 「左様だ」 「ど、ど、どう言ったご用件で?」 「用件? ここは魔導者学校だろう?」 「え? あ、はい」 「免許を取りに来たに決まっているではないか」 「へ?」  聞き耳を立てていた職員一同が拍子抜けを食らった。いや、言うことは尤もなんだけど。なら外の仰々しい連中は何よ? 「ご、ご入校でございますか? ええと、お三方とも?」  そう尋ねると全員が頷いた。まさか本人たちではないだろうから、付き添いと言ったところか。それはプロスブ社長もわかっていたようで改めて聞いた。 「ど、ど、どなた様が?」 「暫し待て。その前に確認したいことがある」 「こちらもです」 「右に同じ…ところで、ここにレギオン・ランドロスという指導員がいるのは本当かな?」  その質問は全員の耳に届いていた。するとその場の視線を俺が独占してしまった。職員の動きに釣られ、騎士と兵団員とギルドの戦士の顔も俺の方に向いた。そしてその瞬間、俺は驚き三人は顔を綻ばせた。  全員かつての職場で世話になった面々だったからだ。  一人目は修道院兵団時代に彼是と面倒見ていた後輩のテンポラ・リーソ・リューション。一兵卒だった頃とは違い、幾度と死線を潜り抜けた一丁前の男の顔になっているじゃないか。  二人目は騎士団時代に散々世話になった武芸指南役のメサク・ラフト氏。当時も相当に渋く厳格な人だったが、口ひげを生やしたことで歴戦の老騎士たる雰囲気がふんだんに醸し出されていた。  三人目はかつてのパーティの仲間であるグレーター・ゴイフ。巨漢としか言えぬスキンヘッドの男で見た目に違わず豪胆だ。しかしこのゴツさで随一の治癒魔法の使い手でもあり、俺たちの回復要員兼リーダーを務めていた男でもある。  互いが互いのことを認めると嬉しそうに声を出して近づいてきた。 「おお! ランドロス!」 「先輩、ご無沙汰しています!」 「久しぶりじゃねえか、レギオン。元気してたのか、この野郎!」 「や、やあ…どうも」  え? 何? どう言うこと? 何でここに?  俺がてんぱってそう聞くと、全員が「はあ?」という表情になった。 「どうもこうも、お前が手紙を寄越したんだろ? 魔法免許を取りたい奴がいたらこの学校を使ってほしいって」 「え? ああ! それで?」 「自分で書いた手紙も忘れたか?」 「いや、そういう訳じゃなくてね」  まさか本当に来てくれるとは思いもしなかったもので。  なんてことを言うとグレーターが「がはは」と豪快に笑って俺の肩を叩く。相変わらず気さくに接してくれているが、今の功績と知名度を思えばこんなフランクに話していい奴じゃない。
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