入校のご案内

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入校のご案内

「クオーツ魔導者学校です。ご希望の免許はMTですか? ATですか?」  受付嬢のモマさんが極めて明るい声音で応対を行っている。彼女の顔には魔法免許を取得するためにやってきている男の子と同じくらい緊張の色が見えた。この春から新入社員として働きだしているので未だに不馴れな要素や分からない事が多いせいだろう。  それでもあのハキハキとした喋り方はナイスだ。若い子の快活とした声はそれだけで元気になるもの。決して俺に妙な趣味がある訳じゃない。ウチの職場はそのくらい若手が少ないし、そんな干渉に耽ってしまうほど俺も年を取ったっと言うこと。  要するに俺は良い年こいたオッサンになってしまったという事だ。  なんて悲しい自己分析をしている場合でもない。週明けの営業開始直後と言うこともあって接客応対など黙っていても仕事が舞い込んできている。少しは助け船を出さないと、てんてこ舞いになってしまう。どうせ今日の俺には大した仕事がないと分かりきっているのでお節介を焼くことにした。  俺は受付前のテーブルで手透きになる事務員を待っている男の子の元に向かった。 「こんにちは」 「ちわ~」  と、そんな若者流の挨拶が返ってくる。特に気にする素振りも見せず、俺は話し始めた。 「ごめんね、忙しくて人がいなくて。入校申込の書類は書けたかな?」 「ちょっと分かんないとこあって…」 「どこ?」 「えっと…魔法免許のMTとATってどっちが簡単なやつでしたっけ?」  おっと。そこからして分からない子か。  俺らの世代が免許を取ったときは「そんなことも知らないで免許を取りに来たのか」なんて笑われもしたが、流石に今の時代にそのような横柄な事は言えない。努めて親切丁寧がウチのモットーなのだから。 「魔法を使うために魔法書と詠唱…つまりクラッチを使うのがMTで、魔道具が全部自動で処理をしてくれるのがATだよ」 「あ、そっか。じゃあ…ATで」 「なら、ここに丸をして…」  と入校の申込書類を仕上げさせる。  見たところ学生だな。就職や進学が決まって免許を取りに来たというよりも、学校を卒業するまでに免許を取れと親に言われたと言ったところだろうか。このご時世、何はなくとも免許は先に立つ。なくて困る事はあれど、あって困る事はない。親御さんの心境としてもさっさと取らせてやりたいのだろう。ただ自主的に魔導者学校に来た訳じゃない子は学習意欲が低くなりがちだからな…もしも受け持つことになったら気を付けよう。 「これでいいっすかね?」 「どれどれ…あとは無免許魔法や免許の取り消し処分を受けたことはないよね?」 「ないっすよ」 「あとは…応急救護治癒術について薬学の心得とか祝福、もしくはスキルを持っていたりもしないかな?」 「それもないっすね」 「なし、と。うん、書類は問題ないね。それじゃATでの入学金を用意して待っていてくれるかな?」 「うす」  と、書類を確認したタイミングで丁度よく応対の終わったモマさんが来てくれた。 「レギオン先生。ありがとうございます」 「なんのなんの。こっちの子は入学金の支払いだけだから。後は頼める?」 「はい! 任せてください」 「事務は…忙しそうだね。今日は俺が適性検査の担当だし、入校式も一緒にやっちゃうよ」 「え!? い、いいんですか?」 「うん。その分、受付応対をよろしく」 「わかりました」  そうして彼女に仕事を引き継ぐと俺は入校式と適性検査の支度をし、教室へと向かったのだった。  今日の予定は四人か。全然余裕だな。  受付に用意されていた教習原簿を見てそんな感想を抱く。  さっき書類の書き方を手伝った男の子の他は三人の女の子がいるだけ。この時期に新しく入校する生徒がこんなに少なくて大丈夫か、この学校。いや、こんな辺鄙なところにあることを考えればむしろ多い方なのかな?  そう思ってしまうくらい立地の条件は悪いし、他にも魅力的な要素のある魔導者学校は数多くある。  今からおよそ百年前に魔法律というものが制定され、古今東西のありとあらゆる魔法に区分や種別が制定された。それまでは師匠や先生に弟子入りして修行をすることで、魔導者として研鑽を積むのが基本だったし、簡単な魔法ならば親や近所の住民が誰に言われるでもなく子供達に教えていたのだ。  だからかつては子供であっても誰の許可も得ずに魔法を使えた時代もある。  が、現代では竈に火をくべたり、夏冬の部屋の温度調節に使う魔法さえ免許が必要だ。無免許での魔法の使用が騎士団や自警団にバレたら逮捕され、処罰の対象となってしまう。昔の人間に言わせれば不便になったかもしれないけれど、正しい知識で安全を意識した魔法を行使する魔導者が増えた事で事故や事件が減り、治安維持や経済活動の活性化に繋がったのも事実だ。  尤もその影響でかつてあった魔法使いと呼ばれる職種は完全に消滅したと言える。回復術士や探索要員は元より、戦闘がメインとなる戦士系の役職まで魔法を扱う時代なのだ。勿論、技術技巧に差異はあるし魔法を重点的に極めた魔法専門職の需要だってある。しかしそれでも、技術の革新により呪文の詠唱や長期に渡る修行の手間がなくなったことなどが重なり、かつての時代ほど魔法職が栄華を極めることはなくなったと言っていいだろう。  現に若い頃から剣の修行しかしてこなかったような俺ですら魔導者免許を持ち、しがないとは言えども教鞭を振るえる程度にはなれたんだから。  それにその法律ができた事で飯が食える奴だっている。つまりは俺のような人間だ。  日常生活やダンジョン攻略、モンスターの討伐、あとは…悲しいことだが戦争するにも魔法は必要不可欠な存在である。  騎士団、各ギルド、大学進学、果ては町の雑貨屋に至るまで魔導者免許の有無が大きな採用審査基準になる。それがないと絶対に就職や進学ができないという訳じゃないけれど、不利になることは否めない。  よって免許を取得するために教習を行う魔導者学校はなくてはならないものだ。社会の基盤を支えていると言ってもいい…それにしては給料安すぎない? 実働時間も長いし、残業しない日の方が少ないし。  なんて社長には言えないような愚痴を夢想していると予鈴が鳴った。  魔導者学校の授業は一コマにつき、五十分と定められている。遅刻や延長は絶対に厳禁なのだ。俺は必要な資料や道具を小脇に抱えると、ロビーの椅子に座って入校式を待っている生徒達に声をかけた。  その四人共々教室に移動すると適当に間隔を空けて座らせた。  それを見届けてから一礼をすると四人はそれに倣って頭を下げる。  良かった。やんちゃな感じの子もいるとここからして収集がつかなくなることもある。ひとまず黙って人の話を聞ける子たちのようで安心した。俺は仕事モードのスイッチを入れ、教室全体に響くような声を出した。 「それでは入校式を始めます。よろしくお願いします」
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