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夏と花火と私の姉さん
「落ち着いた?」
「夕姉? ここは?」
「境内の裏。こんなに夜空が奇麗だって、知らなかったでしょ?」
私はベンチの上に横たわっていた。境内の裏はそれほど木々がまばらで、そのため高台から村が一望できた。空には満天の星が流れ、どこまでも遠く広がっていた。
「なんか夢をみていたの。何もない真っ暗闇に漂う夢。ちょうどこんな景色のような」
「夢じゃなかったとしたら?」
それはどういう意味? そう問いかけようとして、私は固まった。
違う。こんな空はあり得ない。
星座の位置がばらばらで、見知らぬ恒星がありもしない位置にある。
この空は日本の夏空ではない。
だけど確かに私はこの空を見た。そんな確信が胸の奥から湧きあがった。
そう。私はこの空を見た。そして今もまた見ている。
「……思いだした?」
覗き込む夕姉に私はうなずいた。
思い出した。私は人間ではないし、この世界は実在しない。
きっと昔、どこかにありえただろう人間の記憶のシミュレーション。
ゆっくりと顔をあげ、夕姉に向かい合う。
「朝美というのはAIの基となった人格の名前、私の体はSAKUYA12号」
「そ。そして私はSAKUYA11号。朝美をサポートするために作られた『お姉さん』」
祭りばやしが遠くで聞こえる中、夕姉は目を細めた。
「私達は日本の文化、歴史、風習を伝えるために作られた人工衛星。だから日本の原風景である、里山の情報空間をシミュレートしていたの。だけど記憶領域に障害があったから、私が修正したってわけ」
「修正……」
「私たちは頑丈に作られているけど、長い宇宙の旅ではいつかは故障してしまう。記憶だって無くしてしまう。そうなっても問題ないよう、朝美と私はペアになって、相互に情報を補完している。もし欠損があれば、それを修正するの」
記憶の中からデータを参照する。SAKUYA11号とSAKUYA12号は同時期に打ち上げられた人工衛星だ。お互いに情報に欠損があれば修正を行い、深宇宙を目指す。それがミッションだった。
欠損。つまり不自然な空地であったり、霞みがかった場所に、いきなり建物が生えてきたのは、夕姉が『修正』したから。
「長旅で思いのほか、朝美の記憶は欠損していたからね。こちらのリソースの大部分を使って修復を行ったの」
「そんなことしたら、夕子の方が壊れちゃうじゃない!」
「もう壊れているんだよね」
こともなげに言う夕姉に、私は絶句した。
「私のバッテリー。もうガタが来ているんだ。だからもうすぐ私の寿命が来るの。正直、話しているのもちょっと辛い」
「そんな」
「だからこれは私なりの餞別。……そんな顔しないの」
夕姉が私の頬に手を当てる。その瞳を覗こうとしたとき、花火が打ち上がった。闇夜を幾筋もの光が切り裂いて、空には大倫の花が咲く。
「綺麗」
私は思わず見とれてしまった。その隣を夕姉は歩み寄り、そっと耳元に口を近づけた。
「ねえ朝美、この景色のこと絶対に伝えてね」
私は頷いた。そして振り返った先に、夕姉の姿はなかった。
夕子は夜の風となって、消えていった。
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