祖父の村は200キロ少し先

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祖父の村は200キロ少し先

 K村は岡山県県北、中国山地に位置する。  豊かな森と清流。自然に恵まれた集落。  無いのは人と交通の便くらい。それが致命的なのだけど。  高校三年の夏休み。お盆ということもあり、私はK村の祖父の家に来ていた。父も母も仕事のため、私だけの帰省だった。  客のいないバスから降りると、夏の鮮やかな日差しが目を刺してくる。顔をしかめてステップを降りる。地元、京都から乗り継いで約四時間。村はとても遠かった。  サビの目立つバス停の標識に、トタンの待合室。半年前と変わらない、停留所の姿があった。 「よ、朝美。4月ぶり?」 「……夕姉?」  大学一年生、一歳上の姉。夕子の姿があった。東京の大学に越したため、会うのも数ヶ月ぶりだった。  白のワンピースに相変わらずの長髪を撫で、私に笑いかけた。 「前のバスでここに来たんよ」 「前って、一時間前じゃない」 「なんか久しぶりだなぁ、って見ていたら、あんたが来た」  ため息を吐く。夕姉はマイペースな人だ。第一、夕姉が今日来るということも、私は聞いていない。 「変わんないね」 「とりあえず一緒に行かない?」  夕姉はいつもと変わらず、私の前を進んだ。  バス停の前の道路沿いに、民家が立ち並んでいる。この道路周りが村の大通りにあたる。町役場や郵便局を通り過ぎ、集落奥の祖父の家に向かう。 「姉さんはいつまでこっちに?」 「明日まで。だから今日の祭りは見れるかな」 「ああ、夏祭り」  そう言ってふと傍を見ると、アイスキャンディーと書かれた暖簾があった。こじんまりとしたお店。ガラス戸の向こうに、木造の古びた棚に所狭しとお菓子が並べられていた。 「夕姉。駄菓子屋だよ、懐かしい」 「いやいや、正月に来た時、見たんじゃない?」 「そうだっけ。あんまり覚えていないねえ。えっと、ここはなんだっけ?」 「そこは上田さんの家でしょ。ほら、婆ちゃんの友達の」  しばらく来ていないと、案外忘れるものだ。そのまま通りを進むと、妙なものを見つけた。  民家に囲まれ、不自然な空き地があった。そこだけ赤い霧がたちこめ、空気が揺らいでいた。 「ここって空き地だったっけ?」 「いやいや食堂じゃん。くぬぎ食堂」  夕姉が指差した方をもう一度見る。するとそこには空き地ではなく、ガラス張りの古びたレストランがあった。掠れた文字で店名が書かれており、昼過ぎだからか車が数台停まっている。  私は目を擦ってもう一度見たが、確かに食堂だった。決して空き地ではなかった。  首を傾げる私に、夕姉は不審げに見つめた。 「ねえ、一応聞くけど爺ちゃんの家はわかるよね?」 「バカにしてるでしょ。それくらい分かるよ」 「いやあ、結構抜けてるところがあるからねえ」 「バス停で一時間ぼーっとしている人に言われたくない」  言い返しながら歩みを進める。さっきのは何だったのか、不思議に思うが答えは出ない。  きっと夏の日差しに疲れて、錯覚でも見たのだろう。  そう思うことにした。
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