23話:顔見せしたものの

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23話:顔見せしたものの

「お、お嬢様…本当にその格好で行かれるのですか?」 私の着替えた格好を見てあんなは顔を青ざめさせる。 それもそうだろう。白いシャツに薄茶色のチェックのズボンサスペンダー付き 同じ色のベレー簿を被り、長い髪をまとめショートヘアのかつらをかぶる。 仕上げは丸メガネという、平民男性スタイルだったからだ。 「そうよ、出版社には平民の男性ってことになってるもの。」 私はあんなの顔を見てあっけらかんとして答える。 「荷物は後で送ってね。」 「かしこまりました、私もあとで荷物と共に追いかけますので。」 「え、別にいいわよ…少しの間だし…」 「男爵様が1日以上滞在のご予定があるならお供するようにと… ネモローサ様から許可も既にいただいております。」 「あの、お見送り私だけで本当によろしかったのですか? 旦那様、心配されてましたよ。」 「仕方ないわよ、お父様がそんな格好の娘見たくないって言って閉じこもっちゃったんだもの。」 他の兄弟も今忙しいみたいだし。 「そうですけど、その馬車に乗って行かれるのでしょ? 結局街の方に見られたら、只者じゃないのバレません?」 「質素な馬車だもの、それに近くでおろしてもらうことになってるし大丈夫よ。」 「サルビア、そろそろ」 「じゃぁアンナ、行ってくるわね!お父様によろしく!」 「行ってらっしゃいませ」 私はあんなの見送りの言葉を聞くと、馬車に乗り込み男爵邸を後にした。 馬車の向かいに座るネモローサ様は、私の方をジーッと見つめる。 そして私にこんな言葉をかける。 「しかしまぁ、うまく化けましたね。 どこからどう見ても素朴な男性にしか見えません。」 全く嬉しくないお言葉ですわ。 いえ、バレないのはありがたいのですけれど… 「申し訳ございません、私のわがままなんて付き合ってもらってしまって。」 「気になさらないでください、婚約者じゃないですか。」 「だからまだ違いますわ。」 「それで、小説の方はどうなりました? この前伺った時は、中盤までかけていたかと思いますが」 「なんとか完成しました、昨日ネモローサ様の看病しながら書いてましたので。」 「お役に立てたようで何よりです。 ところで、2冊持っていくのですか? この前拝見したのは一冊でしたけど…」 「えぇ、身内で評判がいいので一応。」 「そうなのですか、せっかくですし見せていただいても?」 「あ…これは勘弁を」 このうちのもう一冊は、ネモローサ様をモデルにした作品なので、できれば見せたくないのです。 万一読まれたら末代までの恥ですわ。 っていうか悪口聞かれるみたいな気分で見せられませんわ。 「でも、万一その作品でデビューとなったら、どうせみる事になりますし」 「着いたみたいです」 私はなんとしてでも見ようとするネモローサ様の意識を街に向ける。 実際に出版社の近くまで来ていた。 「本当ですね…」 「ありがとうございます。行ってまいります!」 私は馬車から飛び降りて出版社に向かって走っていった。 「私はこの辺りで待っておりますね。」 そんなネモローサ様の声が走りながら聞こえた。 1時間後 「ーはぁ」 人生思い通りに行きませんわね。 一応私の担当になりたいということと、今後の話をした後作品の公表をしてくださった。 結果としては…好評は好評だった。 ただ… 『まず、こっちのネモローサ様が女性に振られるも、最後に出会った女性とうまく縁が結ばれる話は、序盤はスカッとしつつも後半はその女性とうまく行くかどうかハラハラしたし、 終盤、魔法で囚われたヒロインを助け出すシーンはかっこよかった。 だけど問題は女性ターゲットで受けるかどうか…これの令嬢パターンの方がいいかもなぁ…』 という、やはりネモローサ様モデルの作品の方が受ける結果となりました。 ちなみに魔法持ちの方のプロットは… 『悪くないのですが…序盤が大人しいですね…あと物語の面白さはともかく、最近の動きとして『魔法持ち』を取り扱う作品を無くそうとしている節があるのです… 中盤までは悪くないですし、このまま妖精との友情を育む物語にしてみたほうがいいかもしれない。』 という物語云々より、ネモローサ様が昨日言っていたような問題が取り上げられ、 つまり、どういうことか一言で言おう。 デビューには至らなかった。 せっかく寄っていただいたのになんの成果も出せず申し訳ないですわ。 「どちらにしろ書き直しね…」 賞を取ったし、呼び出しもあったのだから、デビューまですぐなんじゃないか…と思ったけれど、やっぱりうまくはいかないのね。 「まぁ、落ち込んでても仕方ないわ。 どちらかの案を受け入れて作品をまた作らないと。 それに担当が正式についただけでもよしとしましょう!」 私は深呼吸すると気持ちを入れ替え、この後のことを考える。 公爵領に赴くためには、まずネモローサ様と合流しないといけない。 「さて、ネモローサ様の馬車探さないと。」 私は馬車を探して歩き始めると、とある路地の近くに来たところでピタッと足が動かなくなった。 まるで足だけ何か地面に海苔がくっついたかのように全く動かない。 「ちょ、何これ」 私は慌てて体を捩ってなんとか体を動かそうとしたけれどびくともしない。 そんな時、誰かに体を強く押された感覚を感じた 「っ!?」 あっという間の出来事で、状況を把握する前に路地の中に入って転んでしまい、ノートを落としてしまった。
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