隣に並び立ちたくて

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 放課後の教室から外を眺める。コの字型の高校校舎の向かいに見える部屋では軽音楽部が文化祭に向けて練習をしているところだった。文化祭なんてなければいいのにという思いと、そうなったら蒼汰が悲しむだろうなという想いが交錯する。  気がつけば軽音楽部の練習に見入ってしまって、小さく息をついて視界を手元に戻す。書きかけの小説はこのところ全く進んでいない。僕は別に文芸部に入っているわけでもないから、文化祭までに間に合わせる必要もないのだけど、向こう側の軽音楽部と比べてしまって焦燥感にかられる。幼馴染の蒼汰はもうずいぶん遠いところに行ってしまった気がした。  それでも、今の僕にできるのは小説を書き続けることくらいだ。今は手元に集中しよう。  軽音楽部の部室のことを頭から閉め出すといつもより筆が進み、気がつくと夕暮れ時になっていた。いつの間にか軽音楽部も練習を終えたのか、工程を挟んだ向こう側の部屋が暗くなっている。  僕もそろそろ帰ろうかと鞄にノートを入れたところで、バタバタと廊下を駆ける足音が響いてきた。足音は僕がいる教室に近づいてくる。 「鶴来、やっと見つけた!」  息を切らした蒼汰がガラガラと扉を開けて中に入ってきた。目の前に立つ蒼汰を僕は見上げる形となる。小学生の頃までは同じくらいの背格好だったはずなのに、高校二年生になった蒼汰は僕より頭一つ以上大きい。 「どしたの、蒼汰」 「頼む、鶴来の力が必要なんだ!」  蒼汰がガバリと頭を下げる。突然のこと過ぎて理解が追い付かない。  今の蒼汰は学年でも人気な男子で、何でもできて、一人教室で小説を書いている僕のような人間に頼み事があるようには思えない。そもそも、蒼汰と話すこと自体久しぶりだった。 「別に、僕の力なんて……」  どうしても卑屈になってしまう。小学生の時は目立つタイプでもなかった蒼汰が今はキラキラとした高校生活を謳歌している。どうしてもそんなものから縁遠い自分と比べてしまって、蒼汰の前では自分の矮小さが際立つ気がした。 「いや、鶴来にしか頼めないことなんだ!」  蒼汰はパンっと両手を合わせて僕を拝む。そんな風に蒼汰が僕に何かを頼むのなんて、小学生以来だった。ちょっとだけ胸がくすぐられる思いを隠して息をつく。 「一体、僕に何をさせるつもり?」 「実は、今度の学園祭でオリジナル曲を歌おうと思ってるんだけどさ、まだ完成してなくて」 「……学園祭ってもう一週間後じゃない?」  僕は蒼汰たちがやっているような軽音楽部の活動には詳しくないけど、一週間前に曲が完成していないというのはよくあることなのだろうか。その答えは蒼汰の返事を聞くまでもなく渋い表情から見て取れた。 「曲はもう出来上がってるんだけどさ、歌詞が上手く書けなくて……」  ああ、そっか。少し納得する。昔から蒼汰の作文とかの言語センスは少し独特だった。詩的といえば言葉はいいけど、そのセンスを人間が理解できるようになるのにはあと百年は必要だろう。 「だからさ、鶴来。お前、小説とか書いてるだろ? 歌詞、書いてくれないか?」 「……え」  一瞬遅れて、言われたことを理解する。僕が、歌詞を。 「無理だよ! 無理無理無理! 歌詞なんて書いたことないし、小説とは全く別物だし!」 「でもさ、昔は合唱団で一緒に歌ってたじゃん。鶴来、センスあると思うんだよ!」  それは小学校までの話だ。大体、合唱で歌うような歌と軽音楽部の蒼汰が歌う歌は全然違うはずで。 「それも別物! 大体、歌詞だって今日中くらいに書かないと間に合わないんでしょ?」 「そこを何とか! 俺、お前の小説好きだし。絶対俺が書くよりいい歌詞になると思うから!」  流れるように好きだと言われて、言葉に詰まる。まだ中学生の頃、僕が書いた小説をたまたま蒼汰が目にしてしまい、あまりに楽しそうに読むものだからネットで小説を公開しているアカウントも蒼汰にだけは伝えていた。  リアルで感想を聞く機会なんてないから、真っすぐ伝えられた言葉に少しだけ心が揺らぐ。 「なあ、頼むよ、鶴来。もし歌詞書いてくれたら、お前の言うことなんでも一個聞くからさ」  蒼汰が両手で拝む姿勢のまま頭を下げた。そこまでされて断るのも何だか気が引けてしまう。それに、“なんでも”か。悪くない、かも。 「わかったよ。さっきも言った通り、歌詞なんて書いた経験ないから期待しないでね」 「マジか! 助かるよ! やっぱ持つべきものは幼馴染だな。じゃあ、帰ったら早速曲送るからさ!」  こうしちゃいられないとばかりに蒼汰は教室を駆けだして帰っていった。家に着いたらすぐに曲を送るつもりだろうけど。  バカだな。僕が帰らないとどれだけ早く曲を送っても意味ないのに。それに、5分とか10分早く帰っても違いはないんだから、一緒に帰るとか、帰りながら一緒に聞くみたいな発想があってもいいんじゃないかな。  そんなことを考えながら、僕も教室を後にする。校庭越しに眺めていた時より不思議なくらい胸が弾んでいた。
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