隣に並び立ちたくて

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 翌日の放課後、あくびを噛み殺しながらノートに向き合う。結局昨日は家に帰ってから小説を書く時間がなかったから、その分追い上げておきたかった。  蒼汰が送ってくれた曲は蒼汰らしい明るく軽やかなテンポとメロディで、自分でも驚くくらいスムーズに歌詞を書くことができた。それで終わっておけば昨日も小説を書けただろうし、寝不足にも悩まされなかっただろう。  もう一つだけ歌詞を書いてみようと思ってしまった。別に一つ目の歌詞が気に入らないわけではなかったけど、フィーリングで一気に書いてしまったものが適当に書いたと思われたらいやだし――何より、蒼汰のことを思い浮かべながら描いたら一瞬で書き終わったというのは自分の中で釈然としなかった。  そうして取り組んだ二作目の方はかなりの難産だった。あーでもないこーでもないと書き上げたのが25時で、そこからどちらを蒼汰に送るか1時間悩んで、結局二つとも送って後は蒼汰に判断してもらうことにした。 「結局、どっちの歌詞にしたんだろ」  歌詞を送った時にお礼の連絡が返ってきたのを見届けて寝てしまったけど、それ以降蒼汰からの連絡はなかった。別に蒼汰がどちらを選んでもいいのだけど、どちらも蒼汰の眼鏡に適わなかったってことになっていないかは心配だった。 「……あれ、いない?」  何気なく窓の向こう側に見えるいつもの教室に目を向けると、さっきまで練習していた蒼汰の姿がなかった。蒼汰と一緒に活動している二人はまだ残って練習しているようだったけど、蒼汰はどこに行ったんだろう。  そう思ったところで、昨日と同じようにバタバタと廊下から慌ただしい足音が響いてくる。もしやと思ってドアの方を見ると同時にガラガラと大きな音を立てて開いた。 「鶴来! ちょっと来てほしいんだ!」  ドアの向こうから現れた蒼汰は満面の笑みを浮かべていて、だけど目元にはくっきりとしたクマが残っている。 「蒼汰? 来てほしいって、いったいどこにさ」 「軽音楽部の練習、聞いてってほしいんだ。昨日鶴来が書いてくれた歌詞、結構様になったからさ!」  どっちも気に入らないんじゃないかと思ったけど、そんなことはなかったようでホッと息をつく。だけど、向かいに見える教室に行く気にはなれなかった。 「せっかくだから、文化祭当日を楽しみにしてるよ」  軽音楽部の練習風景を見てしまったら、僕はまた蒼汰といる場所の違いを痛感してしまうだろうから。こうして教室で話していることすら、たまたま幼馴染だったからできてるに過ぎないってことに。 「そんなこと言ってお前、去年は文化祭来なかったじゃん。俺、お前と回るつもりだったのに」 「去年はたまたま風邪ひいて――」  ズカズカと教室の中に入ってきた蒼汰が僕の腕をとる。 「いいから、な? もうバンドのメンバーにも鶴来のこと連れてくって言っちゃってるしさ」 「あ、ちょっと。蒼汰!」  有無を言わせない気配を漂わせて、蒼汰は僕の腕を引いていく。体格が一回りも二回りも違う蒼汰にそうされると僕は抵抗もできなくて、大人しく蒼汰に手を引かれるまま、いつも見つめるだけだった部屋へと足を踏み入れた。  そこには蒼汰とバンドを組んでいる二人が演奏の準備を整えて待っていた。確か、ベースの葛西君とドラムの豊栖君。話したことはないけど、蒼汰の話によく出てくるから名前は憶えていた。 「じゃ、鶴来。そこに座って聞いててくれ!」  蒼汰が指さしたところにはご丁寧にパイプ椅子が置かれていた。言われるがまま特等席に腰を掛けると、蒼汰はギターを肩から掛けてマイクの前に立つ。 「じゃあ、やるぞ。『蒼空華風』!」  蒼汰の掛け声で昨日何度もリピートした曲の演奏が始まる。   ――舞い上がる華の鼓動 踊るのは蒼い舞台  蒼汰が歌いだしたのは、僕が一つ目に書いた歌詞の方だった。勢いで書き上げたから読み返すと恥ずかしかったりもしたのだけど、こうして聞いてみると悪くないと感じるから不思議だった。  あるいは、蒼汰のイメージを書きつけた言の葉が蒼汰の口から紡がれることで、ようやく命を得たのかもしれない。  じっと聞き入っているうちにあっという間に演奏が終わる。自然と拍手を鳴らしていた。 「このまま次だ。『雪月花』!」 「え、次?」  昨日送られてきたものとは違う曲の演奏が始まる。もしものために別のオリジナル曲も用意してたんだろうか。僕が逆の立場ならそうするだろうけど、胸の奥が冷たい風に吹かれたような感じになる。 ――雪化粧を照らす月は そっと春の訪れを祈る 「っ!」  蒼汰が歌いだした歌詞は、昨日僕が二つ目に書いたものだった。知らない曲だけど、僕の歌詞がぴったりとハマるリズムと曲調。どういうことなんだろう。まさか、まさか。  二曲目が終わる頃には、泣きそうになっていた。僕が二つ目に書いた歌詞によく合う曲だった。今度は拍手すらできなくて、ただ簡易ステージ上の蒼汰を見る。 「元々の曲に合うなって思ったのはさっきのだけど、こっちの歌詞も鶴来っぽい感じがして好きだったからさ」  蒼汰は頭の後ろに手を回し、照れくさそうにはにかんだ。 「昨日大慌てで曲を書いてみたんだけど、どうだった?」 「よかった……すごいよかった」  普段は小説であれこれ表現を考えているのに、こんな時にはシンプルな言葉しか出てこなかった。だけど、これ以上今の僕の気持ちに当てはまる言葉はないのかもしれない。  蒼汰はステージから降りて僕の方に近づいてくる。そしてそのまま僕に向かって手を差し出した。 「この曲さ、鶴来に歌ってほしいんだ」 「え?」 「鶴来っぽい歌詞だなって思って書いたら、曲もそんな雰囲気になって。だから俺が歌うより、鶴来が歌った方がいいと思うんだ」 「いや、無理だよ。人前で歌うとか、もう何年もしてないし。久しぶりに歌うのが、文化祭でお客さんの前とか……」  蒼汰の後ろでステージ上に残る二人に視線を送る。ずっと三人で積み上げてきたところに急に僕が入ったら気分もよくないはずだ。そのはずなのにベースの葛西君はニッと笑って、ドラムの豊栖君は無言でパチパチと拍手をする。 「二人とも相談してさ、スペシャルゲストってことで歌ってほしいなって。何よりさ、俺、久しぶりにお前と一緒に歌ってみたいんだ」 ――ああ、もう。  絶対無理だって思うのに、そんな言葉を聞かされた途端に簡単に揺らいでしまう。  後一週間、どれだけ頑張ったって納得のいくクオリティに仕上げるのは無理だろう。多分、浮きまくるし後で絶対後悔する。  だけど。だけどさ。 「わかったよ。何でも言うことを聞くって条件、忘れないでね」  久しぶりにステージの上に立って蒼汰と歌う光景を思い浮かべたら、もうワクワクが止まらなくなっていた。
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