隣に並び立ちたくて

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――本日のゲストは新作が本屋大賞にノミネートされた石川鶴来さんです!  何となくつけていたテレビから聞こえてきた声に思わず顔を上げる。27歳になっても高校生として通せそうな童顔の幼なじみが画面に映っている。鶴来の書く小説は面白いと思っていたけど、まさか売り出し中の作家になるとはあの頃は夢にも思っていなかった。  対して今の自分はどうだろう。夢だった音楽の世界に足を踏み入れたものの、中途半端なところで止まっている。 ――石川さんは3年前までバンドグループ「The Blue Color」でボーカルを務めていたことで知られていますよね。 ――元々、高校の頃に幼馴染に誘ってもらったバンドなんです。  はにかむように笑う鶴来に嬉しさと寂しさが同時に過る。  初めて鶴来と一緒に歌った文化祭は大成功だった。そのまま大学でも4人でバンド活動を続けて、大学にいる間にデビューして、何もかも順調だった。 ――バンドを脱退して作家に進んだのは、何か心境の変化が? ――そうですね。バンドでの活動は充実してましたけど、あのままではいつまでも先に進めないと思ったんです。  ギリっと胸の奥が痛む。  鶴来がバンドの脱退を申し出たのは、デビューしてから初めてのワンマンライブが決まった直後だった。  意味が分からなかった。いや、意味が分からなかったからこそ、鶴来は脱退を決めたのだと思う。ずっと隣で歌っていたはずなのに、俺は鶴来の考えを何もわかっていなかった。  ワンマンライブは、同時に鶴来の卒業ライブになった。ライブは大盛況の中に終わり――そして、そのライブ以上の盛り上がりを越えることは今もできていない。鶴来の書く歌詞は、歌声は、かけがえのないものだった。 ――先に進む、ですか。 ――はい。隣に並んで追いつきたいって思ってた相手がいて。ずっと小説を書いていたのも、自分のできる手段で胸を張って隣に立てるようになりたかったからでした。  鶴来が隣に並びたいといったどこの誰とも知れない相手に嫉妬してしまう。  伸び盛りだったバンドを後にして、成功の約束されていない世界に身を投じさせるほどの相手。バンドを脱退した直後からいくつかの文学賞を獲得した鶴来は、今その相手の隣に並んでいるのだろうか。 「いや、そんなこと考えてるから鶴来が脱退しちまったんだろうが」  独り言ちてため息をつく。結局、あの頃から俺は俺のことしか考えていなかったのだろう。もしどこかでやり直すことができたなら、今も鶴来が隣で歌っている世界もあったのだろうか。 ――その相手の方に並ぶことができましたか?  インタビュアーの質問に鶴来は困ったように笑った。 ――まだまだですね。僕は未だに彼から貰ったものを消費することしかできていないんです。いつか、与えることができるようになりたいなって思ってます。そのためにも、これからもいろんなことに挑戦していきたいです。  いろんなこと。画面の向こう側の鶴来の言葉を復唱する。これって、生中継じゃないよな。  何かに急かされるようにスマホを手に取って、久しぶりに幼馴染の連絡先を呼びだした。 「お、蒼汰。久しぶり。どうしたの?」  懐かしい鶴来の声に何だか無性に泣きたくなった。それをグッと堪える。 「えっと、本屋大賞ノミネート、おめでとう」 「おっ、ありがと。蒼汰からお祝いがくるとは思ってなかった」  うっと言葉に詰まる。鶴来が文学賞をとる度に嬉しさと、でも認めたくない気持ちがグルグルとして連絡が取れなかった。昔はもっとシンプルな関係だったと思うのに、いつからこうなってしまったんだろう。 「あのさ、鶴来。今度ライブがあるんだけど」 「うんうん。12月だよね。チケット取ったし楽しみにしてる」  弾んだ声。本当に楽しみにしているのが伝わってきた。 「それなんだけど。鶴来、スペシャルゲストとして歌ってくれないか?」  高校の頃と違い葛西や豊栖に相談していない。ただ導かれるように鶴来に電話してしまっていた。小さく息を吸う音が聞こえた後、音が止む。  流石に唐突過ぎて、自分勝手過ぎただろうか。忘れてくれ――と言いかけたところでため息が聞こえてきた。 「全く。蒼汰はいつも突然だよね」 「悪い」 「今更だからいいけど、何で急にそんなこと考えたのさ」  当然の質問だったけど返事に悩む。何だろう。俺はどうして鶴来に電話をかけた。  鶴来がライブに来てくれたら盛り上がるから? それは間違いないだろうけど、そうじゃなくて。 「いろんなことに挑戦したいって」 「き、聞いてたの!?」  鶴来の声が上擦る。聞かれたくなさそうな声に、どこの誰とも知れない相手にまた嫉妬心のようなものが浮かび上がる。 「今、ライブで歌ったら、前とは違う気づきとかあるんじゃないかなって。俺たち、いつの間にか鶴来に頼り切ってたからさ、少しでも役に立ちたいんだ」 「だけど、もう3年も音楽の世界から離れてる」 「文化祭の時は1週間前だったけど、今度は2ヶ月あるだろ? その……隣に並びたいって相手を呼んでもいいしさ」  ムチャクチャだ。自分でもそれはわかるけど、どうしてももう一度鶴来に隣で歌ってほしくてそんな言葉で誤魔化した。  もう一度沈黙。  そして、堪えきれなくなったようなくつくつという笑い声が電話越しに溢れだした。 「相変わらずだなあ、蒼汰は。わかった、出るよ」 「いいのか!」 「だけど、一つ条件がある」  ゴクリと喉が鳴る。俺にできる事なら何でもやるつもりだった。電話の向こう側でもう一度楽しそうな笑い声が聞こえる。 「僕が歌詞を書くから、蒼汰が曲書いてよ。せっかくだから文化祭の時みたいに、新曲で歌ってみたいんだ。胸を張って隣に並ぶためにね」
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