泡 沫

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問答無用で手を引かれ、その腕の中に捕らわれる。性急な行為はなぜか彼には似合わず、まるで可依の口を文字通りふさぐためのものに思えた。 「……お話が、あります……」 「──後にしろ」 あえぎながら告げた言葉は、欲とは別の想いをはらみながら、呑み込まれた。 『傲岸不遜な国司』とは思えない、いたわるような優しい手つきは、可依の告白の内容を知っているかのようだった。 (いいえ。気づいておられるのだわ) 確信しながらも、熱の冷めやらぬうちに可依は言った、自らの身体に起きたことを。 尊臣はただ、そうか、と応じた。 そして──。 「越前(えちぜん)ノ国に赴任が決まった。任期は四年。 お前と腹の子の後見は沙雪(さゆき)に頼んである。何かあれば奴に言え。……息災でな」 淡々と、彼らしく、情の一欠片(ひとかけら)もない口調で、可依は別れを告げられた。       ❖ 「……本当に、よろしいのですか?」 「ええ。構いません。奥方様によろしくお伝えくださいませ」 尊臣自身から聞いてはいたが、彼とよく似た面差しの女性・沙雪は、可依が無事に出産に至るまで、身の回りの世話や産婆の手配などもしてくれた。 産後の肥立ちも過ぎた頃、可依は沙雪に乳母(めのと)を探してもらい、さらに生まれた子を萩原の家へと託した。
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